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オートバイのある風景 30 CBXの青い風

 CBX400Fで日本平に通い始めてどれくらい経っていただろうか。夏休みのある日、いつものように日本平を走っていた僕は「おでん屋コーナー」という名物ギャラリーコーナーから立ち上がって来る青白のCBX400Fとすれ違った。
「フォンッッ」
速い奴はすれ違う時の排気音と風切り音で分かる。
「速ぇっ!」
 何回目かの折り返しで僕は彼の後ろに着いてみた。決して無理な走りでは無く、スムーズで速い。コーナー入り口で大外から綺麗なラインを描くスピードに乗った走りだ。サイドスタンドのスプリングが緩んでいるのか、左コーナーではサイドスタンドが路面を擦る音がカラカラと聞こえる。同じCBXなのにこっちと来たら一杯一杯でついて行くものだからブレーキングやラインがとっ散らかって何度か危ない目に遭ってしまった。
 一本走ったところでそこそこの差をつけられたまま、バイクを停めて話をすることも無く彼は峠を降りていった。また一緒に走ってライン取りとか教えてもらおう、そう思いながら僕も峠を降りた。

 その次の週末だったろうか、いつものように日本平に上がると走り仲間が
「青いCBXの人、死んじゃったらしいよ。」
と言う。
僕は絶句した。
嘘だろ?
絶対転びそうもないくらい安定した走りだったんだぜ?
なんで?単独で?
「下りのおでん屋の立ち上がりだってさ。」
にわかには信じ難い事だったが、やはり間違いないようだった。三保にある大学の学生で、地元出身ではないという事もその時知った。
 すっかり気持ちの落ち込んだ僕はその日走る事が出来なくて峠を降りた。
翌日、バイトも無く走る気もしなかった僕は普段着でCBXに跨り、日本平に向かった。おでん屋コーナー外側の空き地にCBXを停め、立ち上がった先に向かって歩き始める。
 おでん屋って、こんなにカントが付いてたのか。
クリッピングで80km/hを優に超える大きなコーナーを歩きながら僕はそんな事を思っていた。路肩にはクルマの走り屋たちが飛ばしたタイヤのちびりカスがいっぱい落ちている。
「峠(やま)を速く走ったって誰も褒めちゃくれねーよ。」
峠から降りた先輩の言葉が頭を過ぎる。
 立ち上がりで一番外側にはらむあたりの側溝に差し掛かるとそこには花束が置いてあり、CBXの物と思しきパーツの破片がまだ残っていた。そのプラスチックのかけらを見た途端、僕の目から涙が溢れ出した。やっぱり本当だったんだ。
 持参した缶コーヒーを置き、手を合わせて僕はその場を後にした。





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