遅刻から分かった依存的思考🧠
こんにちは yukiです!
今回もよろしくお願いいたします✨
今回はわたしが体験した
遅刻から分かる深層心理をご紹介します
早速始めていきます
毎週通っているヨガ教室でのこと
ヨガの先生に
「遅刻が気になる」
と指摘を受けました
遅刻をしないことは社会人として当然
もちろん分かっているつもりなのですが、
教室まで車で40分程かかることを言い訳に
何度も遅刻をしていたのです😣
「何で遅刻するのか考えた方がいい」
「遅刻の回路ができちゃってるよ」
と言っていただきました
最初は意味が分からず
時間の計算が苦手なのかな
毎回なのに渋滞が起こることを忘れている
など
理由を考えていたのですが、どれもしっくりこず
ゆっくり自分に問いかけながら考えることにしました。
すると、
『早く着きたくない』
という感情が残ったのです
そもそも出発時刻をギリギリに設定し、
少しでも早く準備ができると
掃除を始めたり、着飾ったり、、
早く準備ができた分、早く家を出る
という選択肢がありませんでした😇
遅刻をしたがっているのかも!?
ここから
"なぜか"
を考え始めました。
まず出てきたのは
1番最後に着きたいということ
→みんなが笑顔で迎えてくれるから♡
遅れても笑顔で迎えてくれるメンバーに甘えていたと同時に安心感も得ていました
つまり
注目してもらうことで安心を得ている
裏を返せば
無関心が怖い
このことにとてもしっくりきました
幼少期のこと
わたしの両親は仕事がシフト制で土日休みではなかったため、
土日は妹弟と過ごしたり近所の友だちと過ごすことが多かったです
それはそれで楽しかったですがやはり寂しい気持ちもあり、
たまに被る土日休みがとても嬉しかったことを覚えています
今なら気持ちが分かるのですが、
休みが被っても毎回出かけることができるわけではなく、
両親が家にいてもそれぞれでゆっくり過ごすこともありました
(仕事がない日に家でくつろぐのは当たり前)
幼い頃のわたしは
この出来事を
と考え
満たされない気持ちをずっと持ち続けていたのです
そして、他人に安心感を求め続けていたこと
に気づきました
わたしにとって
最後に行くこと(遅刻)は
寂しさを埋めるための回路
だったのです!!🧠
助言いただいた
ここから脱するただ一つの方法は
自分の気持ちに寄り添い、
自分で自分を満たすこと
構ってもらえなかったなら
自分が納得するまで構ってあげる💖
・行きたいところへ行く
・やってみたいことをする
・食べたいランチを真剣に選ぶ
人任せにするのではなく自分で自分を満足させよう♡
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