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認知症/切なさを少しだけ溶かす時間になったらいいな
彼女の名前は、淑子(よしこ)さん。80歳代女性。
インテリジェンシーも高くついでにプライドも少々高めだった。大学を出てからバリバリのキャリアウーマンだったかた。
認知症状が進み、短期記憶障害もあった。
5分前のことも思い出せないこともある。
スポーツをされていた方で足腰はしっかりされている。
「なんで自分でお風呂に入れるのにあなたたちに入れてもらわないといけないの。私は頭がおかしいの?」と強い怒りを表出される。悔しくて涙が出る時にもある。
それをみているとこちらまで辛くなってくる。
身の回りのことはなんでもできる自分がなぜ人のお世話にならないといけないのかがずっと納得ができないようだった。凄くプライドを傷つけられているのだと思う。私が淑子さんだったらやっぱり悔しい。
でもずっとお風呂に入っていないことは鱗のような皮膚と足の爪が3cm近くも伸びていたことが物語っている。(認知症の方は、ちょっと進んでいる人は足の爪を見ればなんとなくわかる・・・。手の爪はかろうじて切っている方があるけど足までは切れない人が多い)。
お風呂に入って頂く初日は本当に大変だった。
・・・だけどこう言っちゃなんだけど認知症の人をお風呂にお誘いするのは意外に上手いかもしれない。めちゃくちゃ叱られながらも本当にごめんなさいね・・・私に付き合って頂いて申し訳ないですといいながら。何かきっかけを作り第1回目を突破することは重要任務。
大概の場合、結果はニコニコして入ってくれている。ただ1回目が入れたから2回目も入れるという訳にはいかない。当分は、初めての経験として映ってしまうようだ。
お風呂に入れるときには誘導するまでのお湯はりや着替えやタオルの準備などをご本人に気付かれないようまるで忍者のような動きで仕込む。
そして、入浴後のアプローチも手を抜かない。お風呂に入ったことにすごく意味があったことを伝えるようにしている。呪文みたいに。
背中にめちゃくちゃ小さな湿疹でもあれば…なんなら湿疹なんてなくてもいい「クリームが塗れてよかったー」とか、「浴後だから足の爪が柔らかくて切りやすくていいですねー、入ってくださってよかった〜❣️」と入れたことを肯定しまくり作戦。
淑子さんを傷つけないウソをつかないといけないことだってある。
そこは、天国で再会した時に皆さんに謝るつもりでいる。
* *・・・
淑子さんの部屋には素敵な絵が壁にかかっていて、それをどこで描いたのかも忘れてしまっているけど彼女が描いた水彩画だった。
優しい色合いのヨーロッパの景色だった。どこかの水辺の景色だった。
若い頃は、海外によくスケッチ旅行もされていたようだった。
彼女のこれまでに描き溜めていたスケッチブックを是非見せて欲しいと懇願した。
「えー、仕方ないわねぇ・・・大した絵じゃないわよ。」といいながら満面の笑みでスケッチブックを押し入れからガサゴソ探してくれた。
探しながらも「そんなに見たいの?おもしろいわね、あなた。絵が好きなのね」と振り返る。
4〜5冊あるスケッチブックには素敵な絵が沢山納められていた。
許可を取り素敵な絵を何枚か写真に撮らせて頂いた。
淑子さんに訪問している同僚にも見てもらった。
認知症になってからしかお会いしていない私たちは少しでも認知症前の淑子さんのことも知りたい。
どんな方だったのか、何を楽しみながら日々を送ってきた方なのかの手がかりをご本人やご家族の情報から拾い集めてこんな人だったのかな?という像を作り上げていく。
淑子さんの描いた絵をスマホに保存しているので淑子さんが何度ご自分が描いた絵を忘れてしまったとしても何度でも見せてあげられる。それ以上に自分の描いた絵を気に入った人間がいてどうやら自分のスマホの中に保存してあるらしいということを知っただけでも一瞬で忘れてしまうにしても淑子さんは嬉しくないかなぁと思った。
自分のことに興味を持ってくれる人間がいるって嬉しくない?
小さな情報から少しずつ集めていくことで目の前の認知症の方の本来の姿が見えてくる。
いつもは、屋外歩行練習を行っている曜日がある。外に連れ出すのには2つ理由があった。
1つは、ずっと引きこもりになっていた淑子さんを外に連れ出すため。でも淑子さんご自身は、毎日自分1人で買い物に行っていると思われている。
2つ目の理由は、淑子さんの身の回りを専門の方が掃除する唯一のチャンスの時間になるから。
そこで淑子さんに提案してみた。
「絵を描きたいのですけどお庭で教えていただけませんか?」と。
「え?あなた絵を描きたいの?好きなの?」と目がキラキラしてきた。
そこからは、またスケッチブックやら鉛筆やら消しゴムやらを時間をかけて探してくれた。所定の場所というのがわからなくなるので同じところに同じものがあるとは限らない。
玄関まで行くと「えーと何するんだったっけ?」とキョトンとした顔でいう。
「絵を教えてください」
「え?あなた、絵が好きなの?」
しばらくこれの繰り返し。
庭のデッキに腰掛けてスケッチが始まると淑子さんは、“淑子先生”になった。
「淑子先生、この葉っぱはどう描いたらいいですか?」
「水彩画はね、細かくは描かなくていいのよ。全体像を捉えて、手前のものは緻密に描けばいいけど、奥の方になるとぼんやりと描いておけばいいの、ほらこんなふうにね」「影もこんな風に入れておくといいわよ」
もうめちゃくちゃカッコいい淑子さんに変身していた。淑子さんが上から目線で教えてくれてるのが最高に心地よく、淑子先生✨と何度も呼んだ。一度も淑子先生を嫌がらず最後まで淑子先生だった。
こんなカッコいい淑子さんが見れてよかった。
「今度あなたがくる時にはあなたのスケッチブックを買っておくわ」とニコニコの淑子先生は言ってくれた。
この前もそう言ってくれましたけどねーと心の中で言いながら。
* *
このひとときはきっと淑子さんの記憶からは消えてしまうのかもしれない。
それでも沢山傷ついた自尊心が少しでも回復できたとしたら嬉しい。
日常の中で、淑子さんは、色んなことを忘れてしまうことに対してきっと人知れず悲しかったり切ない想いを自分の鍵付きの箱の中に何度も何度も入れてきたことだろう。入れては鍵をしてきたのだと思う。
「最近、忘れっぽいのよね」という一言からそんな風に感じた。最近の他の事は、全部忘れているのに忘れっぽいってことは覚えてるんだから。
だから
大好きな絵をまた描くことで淑子さんの魂が喜んでくれているのなら嬉しい!
スケッチを終え、家の中に入り、ご家族に私のことを「この子ね、何にでも興味があるのよ。面白いでしょ。なんでも面白がってくれて、楽しかったわ」と。
“この子”になったのは久しぶりだった(笑)
喜んでくれたのだけは伝わってきた。
たとえ全部忘れちゃったとしてもまた繰り返したらいい。いや、きっと全部忘れてる。でも忘れてることなんて気にしなくていいように次の楽しいことを考えたらいい。
忘れてしまうことは、きっと、今の医療、薬では多くは望めない。これから先の時間、忘れてしまうことをずっと悲しむより、今を楽しめる方がいい。
認知症のお客さまとお話をしていく中で目の前のお客さまの魂が喜んでくれるポイントを何回かの訪問の中で探していく。
できることなら看護師という職業を超えて人としてその人に向き合えたらいいなぁと思う。
看護師はどうも偉そうやし(笑)
(ヘルパーさんたちに時々本音を言われる「にゃむさんたちの会社の人たちは優しいですけど、看護師さんたちめっちゃ怖いところありますよー」って。偉そうになってないかなぁって自分をチェックする。)
そして、もう一つ「あなたは、仕事だから(お金をもらってるんだから)してくれてるんでしょ」と思われるのも私ならちょっと悲しい気持ちになるから。
最近は、淑子さんの表情が柔らかくなってる。
何人かの看護師が訪問させて頂いているので私のことを覚えてくれているかはよくわからない。
ご家族は、「にゃむさんにはもう心を許してるわよ、私はわかるわよ」と笑って言われた。それなら嬉しいな。
* *
最近素敵な認知症に関連した本が出て入る。本屋さんに行っては立ち読みしている私をお許しください。そろそろ買おうかな。
認知症の人の世界を本にしてくれている。
<おまけ>
以前、スピリチュアルの視点で認知症のかたのことをnoteの記事を2年半前に書いている。
この体験をしてから認知症の方への思いが確信へと変わった。
思った通り、やっぱり認知症の人にも伝わっていた!という確信に。
私の記事は基本的には、無料で読んでいただきたい記事ばかりなのですけど、個人情報の関係でこちらの記事は有料とさせていただいています。興味がある方に御覧いただければと思います。
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