夏かんチョコ
冬場に実をつける夏かん。
夏みかんの一種ではあるが、さして美味しい代物ではない。
好んで食べられることがないため、夏が近づくと、完熟した夏かんがゴロゴロと野山に転がっている。
それもまた、この地の風物詩なのだか、その光景をはじめて見たときには、
「なんてもったいないことを!」
と寂しい気持ちになった。
ナツカン?......それは夏柑?
夏柑(なつかん)とも呼ばれる夏みかん。酸味が強く、木で完熟させ、夏の頃に採って食べることから「夏」に食べる「みかん」ということで、夏みかんと呼ばれるようになったそうだ。
この夏みかんというのは、完熟させれば、それなりに食べられる。いや、時間をかけてシッカリ完熟させることで、他にはない独特の酸味と甘みのハーモニーが味わえる果実なのである。
しかしながら、この地に育つ夏かんの多くは、夏に橙(だいだい)と書いて夏かん。広く知られた「夏みかん」とは違うのだ。
煮たり焼いたり工夫を凝らし手間をかけて、やっと味わえる当地の夏橙。こんなに美味しそうに実っていたら、生で食べた者は「裏切られた」気持ちになり、「美味しくない」と感じるセンサーも割り増しされてしまうのだろう。
食べてもらえる何かに
夏橙をどうにか工夫して食べようという試みは続けられてきていて、今では、ドレッシングなどに活用されている。それらの「工夫された夏橙加工品」のうち、当地で評判の中村屋から売り出されている「夏かんチョコ」は際立った存在だ。
夏橙をオリジナルレシピで加工し、チョコレートをコーティングしたものだが、ほろ苦さや口に広がる酸味が独特で、チョコの甘さと相まって、美味しく仕上がっている。もとの「夏橙」の味を知っている人には、感動すら与えるだろう。
冬季限定発売。
そのため「夏橙チョコはじめました」という貼り紙を店頭で見つけると季節の巡りを実感する。
親しい間柄では「今年も夏橙チョコはじまりましたね」というのが挨拶代わりになるほど。それだけ、この地の人々に愛されているお菓子なのだ。
味わいを生かして愛されること、それ即ち
決して高価なものではないのだけれど、夏かんの独特の苦みのようなものを上手に生かしているところは、特に素晴らしい。
夏かんをここまでに昇華させたストーリーとともに味わえば、人生のほろ苦さを甘受する深みを持ったものとなるであろう。
あの夏かんを、ここまで美味しくできるとは、いったい誰が期待していただろうか。
私の持つ力を、灰汁(あく)の強さも、苦みも酸っぱさも、独特の味わいとして生かしながら、世の中に受け入れられる存在にまで高めていきたい、この夏かんチョコのように。
それこそが「自分の命を生かす」ということだと思うから。
これこそが「働く」ということだと、私は思うから。