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気候変動の北海道への影響を研究し、道民みんなで対応策を考えるための研究【チャレンジフィールド北海道研究者プレス#8】

チャレンジフィールド北海道イチオシの先生を紹介する【研究者プレス】。研究はもちろんのこと、研究者ご自身の魅力もわかりやすく伝え、さまざまな人や組織との橋渡しをしていきたいと思います。第8弾は、北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所の鈴木啓明(すずき ひろあき)さんです。

▲ダウンロード版はページ最下部にあります

北海道の夏は涼しい——。ひと昔前までのそんな認識とは打って変わって、いまでは最高気温が35℃以上の「猛暑日」が毎年のように観測されるほど、全道的に夏が暑くなっています。夏の気温だけではなく、雨や雪の降り方、季節の移り変わりなど、昔とはちょっと違うと感じることが少なくありません。きっと、これからも変わり続けていくはずです。いまから70年後の北海道の姿を垣間見てみましょう。

上記サイト内の動画「未来の天気予報 北海道2100冬」をつくったのは、北海道立総合研究機構(道総研)産業技術環境研究本部 エネルギー・環境・地質研究所。そこに所属して、気候変動とその影響を研究しているのが、鈴木啓明さんです。果たして、私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。そして、より良い未来のために、いまできることとは?

70年後の北海道は冬でも雪が積もらない!?

-動画「未来の天気予報 北海道2100冬」を興味深く拝見しました。一見すると普通の天気予報ですが、現在の気温・天気との違いに気づくと怖いですね…

この動画は、いまから約70年後の「209X年1月29日放送の天気予報」という設定で制作しました。1月末といえば、一年で最も寒い時期です。北海道では、最高気温さえもマイナスになることが多く、積雪量も増えていきます。
ところが、動画の天気予報では、札幌の「最低気温はプラス3℃」で、1月中旬に観測された「30cmほどの積雪」はすでに溶けています。また、旭川は「日中は気温が11℃まで上がり、午後は雨が降る」と予想され、さらに「多くの地域で次第に雨となり、とくに太平洋側では24時間で50mmから70mmの雨が降り、1月としては記録的な大雨」になりそうだとして、注意を促しています。厳寒期にしては高すぎる気温や大雨ですが、現在でも本格的に冬の始まる12月、あるいは春が近づいてくる2月であれば生じうるものです。しかし、1月下旬にはまず起こらない現象だと思います。
もうひとつ注目していただきたいのが、動画の週間天気予報です。お天気キャスターが、「最高気温が3℃前後と、この時期らしい気温」と説明しています。つまり、1月下旬の「平年どおり」の最高気温がプラス3℃だというのです。現在の北海道であれば異常な事態が、未来では当たり前になっている……その状況を動画で表現しました。

-「現在の異常気象が、未来の当たり前」を動画で表現した意図は?

近年、地球温暖化が加速しつつあり、これまで以上の対策を講じなければ、北海道の冬の平均気温が、20世紀から21世紀末にかけての100年間で5℃以上も上昇するという予測も出ています(図1)。しかし、「冬の気温が5℃上昇する」と聞いても、何が起こるのか、自分の生活にどのような影響があるのか、イメージが湧かないのはないでしょうか。

▲図1 道内の気温の変化のシミュレーション計算の結果。今後の対策の程度により、気温の上昇幅は大きく変わる。(資料提供:道総研 鈴木さん)

そこで、気候変動が、私たちにとって身近な問題であると実感していただきたいと考え、動画をつくることにしたのです。「未来の天気予報」はもともと環境省のアイデアです。ただ、全国の天気予報では、やはり実感に乏しい。そこで、北海道のみなさんに自分ごととしてとらえていただくために、「冬」「雪」をテーマに構成しました。映像制作は日本気象協会北海道支社に協力を仰ぎ、実際のニュース番組で天気予報を担当しているお天気キャスターに出演いただき、リアリティを追求しました。もちろん、未来の天気は、将来の気象条件をもとに気候シミュレーションにより計算した科学的データを用いて予測したものです。

未来の北海道では雪かきが減っても、別の問題が発生する

-北海道の冬が暖かくなると、雪が減って、悪いことばかりではないような気もします。

個人レベルの雪かきが楽になると、喜ぶ人もいるかもしれません。では、将来的には除雪日数はどう変化するのか。計算した結果、20世紀末の平均13.1日に対して、平均気温が4℃上昇した21世紀末には平均5.8日。全道的に減少すると予測されました(図2)。

▲図2 道総研・日本気象協会による将来予測による除雪日数(資料提供:道総研 鈴木さん)

ただ、除雪の平均日数は減っても、ドカ雪はあまり減りそうもありません。あるときはドカッと雪が降り、あるときは雪がほとんど降らないとなると、除雪では安定的な収入が得られなくなるため、担い手の確保がいま以上に難しく、除雪体制の維持がより困難になります。その状態で、集中的に大雪が降ろうものなら、手が回らなくなるでしょう。除雪の人手不足は、すでに社会問題となっていますが、気候変動によってさらに困難になる可能性があるのです。

また別の気がかりもあります。除雪日数が減るということは、冬なのに雪がないわけです。その風景は北海道の冬らしくないと感じる人も多いでしょう。それに、スキーや雪まつりといった冬のアクティビティや観光は、これまでどおりに展開するのは難しくなっていきます。気候変動とは、その土地らしさを失うことでもあるのです。

地球上の水について研究する「水文学」

-気候変動の研究は幅広い分野に及びますが、鈴木さんの主な研究分野について教えてください。

もともとは地形学を専攻して「川がつくる地形」を研究していました。その後、道総研に入職して、気候変動の研究に携わるようになります。気候変動をより深く理解するために、気象予報士の資格をとり、さらに室蘭工業大学大学院の博士課程で「水文学(すいもんがく)」の研究を行いました。

-「すいもんがく」とは?

水文学は地球上の水を扱う科学であり、特に地球上の水循環——つまり、雨や雪が降り、河川あるいは地下水として流れ、湖沼や海に注ぎ、蒸発して大気に蓄えられて、また雨や雪として降るという一連の流れについて研究します。

私の研究テーマは「気候変動による河川の水の変化」。気候変動によって、気温が上昇したり、雨や雪の降り方と量が変わったりしたとき、河川の水温や流量がどのくらい変わるのか。その変化を調べるため、水循環のプロセスを表した数式からなる「水文モデル」を用いて計算しました。

河川の流量や水温が変わると、そこに生息する生物も影響を受けます。例えば、水温が上がったとき、冷たい水を好むサケ科の魚類は、どんなところだと生き残れるのか。私たちの研究では、火山の山麓のように湧水の多い地質条件にとくに着目して、その条件下では、どれくらい冷たい水温が期待できるのかを実証してきました。この研究で開発した「水文モデル」は、将来、川の下流にある湖沼の環境変化の推定などにも応用できる可能性を秘めています。これからも研究を続け、その成果を、河川の生態系や水産業の保全に役立てたいですね。

▲気候変動によって河川の環境が変わると、そこに生息する生き物にも影響が出る
(資料提供:道総研 鈴木さん)
▲野外調査中の鈴木さん(写真提供:道総研 鈴木さん)

気候変動は「止める」と「備える」で対策する

-今後、北海道ではどのような気候変動の影響が考えられますか。

気候変動の影響を受けると予測されている分野は、産業、自然環境、自然災害、生活・健康など多岐にわたります。私たちの研究チームでは、「冬の雪の変化」や「河川の変化」のほか、「夏の暑熱の変化」「大雨による水道への影響」「豪雨災害」など、さまざまな影響を研究してきました。今後、さらに研究を進め、「緩和」と「適応」の両面において、気候変動対策の根拠やきっかけとなる研究知見を生み出していきたいです。

-「緩和」と「適応」とは?

緩和は、気候変動を緩やかにするため、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量を削減したり吸収したりすることです。いま、北海道では2050年までに「ゼロカーボン北海道」を実現しようと、さまざまな脱炭素対策に力を入れています。
一方、適応は、気候変動によってすでに起こりつつある影響、緩和策をとっても避けられない影響に備えることです。例えば、「熱中症予防などの暑さ対策」「大雨や大雪による自然災害に備える」「暑さに強い農作物を栽培する」など、私たちの生活や産業のあり方を、気候変動に適した形へと変えていくのです。
2021年、北海道庁を事務局として「北海道気候変動適応センター」が設立されました。その研究協力機関として、道総研は、気候変動の緩和・適応に向けた研究を行い、研究成果の普及啓発に取り組んでいます。

▲道総研セミナーで講演中の鈴木さん。近年は一般向けの講演活動が増えたといい、
「未来の天気予報 北海道2100冬」やクイズなどを活用し、わかりやすさを心がけている
(写真提供:道総研)

-私たち道民一人ひとりができることはありますか。

例えば、熱中症予防として日差しを遮る、風通しを良くする、空調を活用する、豪雨・豪雪災害に備えて備蓄を用意するなど、一人ひとりが取り組めることはたくさんあります。また、町内会や地域なら助け合いの仕組みづくり、研究開発者や企業なら暑熱や防災に関する技術・製品の開発など、それぞれの立場でできる取り組みがあります。

もうひとつ、強調したいのが、適応策は市町村などの地域単位で考えるべきだということ。いま、北海道は人口減少や少子高齢化、インフラの老朽化……そして、気候変動がもたらす影響への対処と、さまざまな課題を抱えています。このとき、それぞれの課題を切り離して考えるのではなく、地域の状況を総合的に鑑みて、より良くなるような地域づくりをしていかなければいけません。私も貢献できるように、さらに専門性を磨き、研究を深めていきます。

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近年、夏の暑さやゲリラ豪雨、雪の降り方、それに伴う災害など、昔とは違うと感じる事象が増えました。また、函館では10年ほど前からイカの漁獲量が激減し、ブリが増えていることも知っています。それにもかかわらず、気候変動はどこか他人事でした。それは、無知や無責任だからというだけではなく、地球規模の環境問題を前に為すすべがないという無力感も大きいからです。私ひとりが対策をとったところで、傷んだ地球は元には戻らないという諦めもあるかもしれません。
しかし、「未来の天気予報 北海道2100冬」を見て70年後の北海道に思いをはせてみる、あるいは、好物の魚や果物が食べられなくなる、冬にスキーができなくなると想像してみると、急に身近な問題に感じられてきます。北海道に暮らす一人ひとりが、気候変動を自分ごととしてとらえ、緩和策と適応策をとれるよう、鈴木さんは、研究とその成果の発信に余念がありません。

[プロフィール]
鈴木 啓明(すずき ひろあき)
北海道立総合研究機構 エネルギー・環境・地質研究所
環境保全部 水環境保全グループ 主査
出身地は江別市。2007年、東北大学理学部地圏環境科学科を卒業。2009年、同大学院理学研究科地学専攻を修了。北海道庁を経て、2013年、北海道立総合研究機構 環境科学研究センターに入職、2023年より現職。同年、室蘭工業大学大学院工学研究科にて博士(工学)を取得。専門は水文学、気象変動影響。
連絡先:suzuki-hiroaki@hro.or.jp


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