見出し画像

「コンブの森」を守りながら、コンブの生態を解明する研究【チャレンジフィールド北海道研究者プレス#9】

チャレンジフィールド北海道イチオシの先生を紹介する【研究者プレス】。研究はもちろんのこと、研究者ご自身の魅力もわかりやすく伝え、さまざまな人や組織との橋渡しをしていきたいと思います。第9弾は、北海道大学大学院 水産科学研究院 海洋生物資源科学部門 海洋生物科学科の秋田 晋吾(あきた しんご)先生です。

▲ダウンロード版はページ最下部にあります

日本の食卓に昆布は欠かせません。出汁となり縁起物の料理となり、大活躍です。日本人と昆布の付き合いは長く、江戸時代から明治時代にかけて、北前船で北海道の昆布が日本各地に運ばれていました。そのはるか前、奈良時代には朝廷への献上品だったという記録も。

食材としての昆布はとても親しみがありますが、生物としてのコンブはどうでしょうか。海の中のどこでどんなふうに生活して、どんな一生を送るのか——。そもそも生きているコンブはなかなか想像しにくいかもしれません。

意外と知らないことの多そうなコンブを研究しているのが、北海道大学水産学部 助教の秋田晋吾さんです。私たちのまだ知らないコンブの生き様と近年の受難についてお聞かせくださいました。

コンブは海藻だから、植物じゃない!

-秋田先生は「海藻」について、講義や講演で必ず説明することがあると聞きました。

海藻の説明をするとき、「海藻は植物ではない」という前提から始めないと気がすまないんです。海藻って、「海の中のタンポポやチューリップ」といったイメージで生活していると思われがちなのですが、実際は全く違います。
例えば、私の主な研究対象であるコンブ。海底に根を張る「緑色の植物」というイメージがありますよね。ところが、生きているコンブは茶色だし、ユーグレナとして知られるミドリムシや植物プランクトンと同じ「藻類」です。では、「藻類」とは何か——。系統樹(生物の類縁関係を描いた図)を見てみましょう。

▲色文字で記された生物が「藻類」。そのなかの「緑藻」「紅藻」「褐藻」を海藻といい、コンブは「褐藻」に分類されている(資料提供:秋田先生)

真核生物(細胞の中に核膜に包まれた核をもつ生物)のうち、右上の「動物」には、ヒトやイヌ、ネコのほか、函館名物のイカやブリなどの魚介類が入ります。一方、左の真ん中あたりに「陸上植物」があります。
そして、「藻類」とは色文字で記した仲間の総称です。真核生物どころか原核生物(細胞の中に核をもたない生物)にもいます。このなかの「緑藻」「紅藻」「褐藻」をまとめて「海藻」と呼んでいます。これらはおおまかにいうと「海に住む大きな藻類」ですね。

-海藻と陸上植物とは異なる進化をたどったのですか。

進化の過程では、海藻のうち緑藻と紅藻が枝分かれしたあと、緑藻から別れて陸上植物が誕生しています。その後、その系統とは別のところから褐藻が生まれました。ここに分類されているのが、日本の食材としてはおなじみのコンブやワカメ、ヒジキです。

生き様もライフサイクルもコンブは謎ばかり

-そもそもなぜコンブに興味をお持ちになったのですか。

生まれ育った静岡県の海のそばで生活できるといいなあと思って、海について学べる東京海洋大学に進学しました。海洋生物学の講義ではじめて、食材ではなく生物としての海藻を知り、なんだか奇妙な生物群だなあと思って、興味をもったんです。いろいろ調べるうちに、鬱蒼と生えたコンブが海中で揺らめく風景に出会い、こんなに素晴らしい眺めがあるのか!と魅了されました。コンブって大きくてかっこよくて綺麗ですよね。

▲幻想的な「コンブの森」(写真提供:秋田先生)

-奇妙な生物群というのは?

海藻は、動物や陸上植物とは異なる生活環(ライフサイクル)をとるからです。ひとことで言うと、個体を増やしていく過程で、体の形態を変えます。コンブの場合、私たちが食材や加工品として利用している帯のような膜状のものが胞子体と呼ばれ、成熟すると、胞子の一種で水中を泳げる遊走子(ゆうそうし)を出します。この遊走子が岩礁などに付着すると、雄の配偶体と雌の配偶体になるのです。これらは顕微鏡を使わないと見えないくらい小さなものです。配偶体が成熟すると、やがて胞子体に戻っていきます。

▲海藻類は珍しい繁殖方法をとる。コンブの場合は、一度、雄性配偶体と雌性配偶体になってからコンブの姿(胞子体)に戻っていく(資料提供:秋田先生)

その理由は、まだ解明されていません。ただ、配偶体と胞子体の両方を別々に残すという繁殖方法は珍しいもの。陸上では、シダとコケが同じ増え方をしますが、そのほかの植物は進化の過程で捨てた方法なのです。その陸上植物よりもあとに誕生した海藻が、その繁殖方法をとっているということは、海の中では何かしら有利に働くのかもしれません。

もしかすると配偶体がシードバンクのような役割をしているのではないかと、指摘する研究者もいます。でも、配偶体は目に見えないため、そもそも海のどこにいるのかさえわかっていないのです。コンブをはじめとし、海藻は謎が多すぎて、大学のころからずっと魅了され続けています。

「コンブの森」がウニに食い荒らされて絶滅の危機!?

-函館ではイカが減ってブリが増えたと聞きますが、海に異変が起きているのですか。

海水温の上昇など、海に異変があると、まず私たちの目にとまるのが漁獲される魚類の変化です。海藻は、移動できないぶん、すぐに変化は見られません。ただ、2023年、函館の海が28℃ぐらいまで上がり、それが2週間ほど続いたとき、かなりのコンブが枯れてしまいました。
でも、近い将来、函館の海からコンブが消えるような事態にはならないと考えています。というのも、いま、黒潮大蛇行(註)の影響で全国的に海藻が減っているから。黒潮が元の流れに戻れば、海藻もまた戻ってくるだろうと期待しています。ただ、藻場(もば)は減っているので、手をこまねいているわけにはいきませんね。

註:黒潮大蛇行とは、日本列島の南岸に大きな冷水渦ができることにより、暖流の黒潮が南に大きく迂回する現象。冷水渦が留まる沿岸の水温は高くなる。

-「藻場」とは?

海藻が繁茂する場で、いわば「海藻の森」です。海域や水深、海藻の種類などによりさまざまな藻場があり、魚類をはじめとする海の生物たちの生活の場ともなっています。
北海道に多いのはコンブの藻場。函館の海にもコンブが満ち満ちている藻場があります。それが、近年は磯焼けでハゲ山に……。

-「磯焼け」とは何ですか。

▲最近函館でみられるウニが優占する磯焼け(写真提供:秋田先生)

いま、漁師のみなさんの協力を得ながら、ウニの捕獲と移植をしています。潜水ボンベ2回ぶん潜って捕獲できるのが、1万匹とか。函館のウニは、函館の人口25万人よりはるか多くいるはずです。なかなか手ごわい。しかも、ウニは飢餓に強く、コンブを食べつくしたあとも生き続けられるのです。それでも、ウニの捕獲をはじめてから4年ほど経ったところでは、コンブが戻りつつあります。

コンブの森の再生とコンブ版シードバンクの設立を!

-海藻研究の課題は?

海の中で起きていることは見えないというのは、大きな問題です。例えば、山や森から急に木々が消えたら、なんとなく嫌な気持ちになって、放置しておいていいわけがないと思いますよね。でも、普通に生活していたら磯焼けは目に入らないから、多くの人は気づかない。海中でのできごとに関心をもってもらえるようにしたいです。
それをしないと研究者もどんどん減り続けて、研究そのものが立ちゆかなくなる心配もあります。意欲に満ちた若手研究者を育てることが、私の使命のひとつです。

▲磯や藻場でのフィールドワーク中(写真提供:秋田先生)

-これからの目標をお聞かせください。

コンブをはじめとする海藻は、食材としてはもちろん、そこに含まれる多糖類も利用されています。海藻を口にしない日はないと言っても過言ではないくらい。ところが、その生態はあまりわかっていません。種の分類もまだ確立していなくて、例えば、函館の真昆布も利尻昆布も羅臼昆布も日高昆布も、生物学上は同じものともいわれています。謎だらけの海藻の真の姿を明らかにしていきたいですね。

いま、コンブの配偶体を保存する施設、いわば「コンブ版シードバンク」を設立しようと活動中です。それを実現して、コンブとコンブ研究を次世代へとつないでいきたいと考えています。

--------

取材のなかで衝撃を受けたのは、秋田先生の「海藻はなんか変な生物群」という言葉でした。なぜなら、その瞬間まで、コンブの人生に思いを馳せることもなく、昆布を食していたことに気づかされたからです。と同時に、コンブをはじめとする海藻は、生物として多くの謎を秘めたままであると知り、驚くとともにロマンを感じました。
また、浅瀬に藻場をつくり、海の生き物たちの命をつないでいることを考えると、磯焼けも看過できません。食卓から昆布が消えるだけではなく、海の生態系を大きく変えてしまうのですから。海生生物にとっても人類にとっても重要なコンブを守り、その生態を明らかにするため、秋田先生と次世代の若手研究者たちのコンブ探求は続きます。

[プロフィール]
秋田 晋吾(あきた しんご)
北海道大学大学院水産科学研究院 海洋生物資源科学部門
海洋生物科学科 海洋共生学講座 助教
出身地は静岡県。2013年、東京海洋大学海洋科学部海洋生物資源学科を卒業。2018年、同大学院海洋科学技術研究科応用生命科学専攻を修了、博士(海洋科学)を取得。東京海洋大学、神戸大学、お茶の水女子大学の博士研究員を経て、2021年より現職。
連絡先:sakitam@fish.hokudai.ac.jp

■研究者プレスダウンロード版

いいなと思ったら応援しよう!