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OL兼スナック嬢|人生最高の営業ができた日
1月某日、人生最高の営業ができた。17人のキャストがいる中で私にしかできない営業、最高の夜だった。銀座のクラブ出身のママ、そして30年のベテランチーママの期待に応えることが出来て感無量だ。
私は2025年現在、東京の準ハブ駅のすぐ近くにある老舗のスナックで働き始めてそろそろ3ヶ月になる。箱(店舗)も非常に大きく平日でも常に5人は最低出勤し、客層も経営者や上場企業管理職が多く、彼らの部下たちも贔屓にしてくれる優良店だ。
時給はスナックの相場よりずっと高いと思うがやはりキャバクラには程遠い。この店に決めるまでは他店を転々と短期間で渡り歩いた(体入から本入までの数店舗の話は近々書こうと思う)始発までのシフトや、昼を辞めて夜一本にしてほしいと言われるなどミスマッチが続いた。
その点、現在在籍している店は違う。スナックとは名ばかりで同伴や指名がある店ばかり渡り歩いてきたが、この店は同伴もアフターも、連絡先の交換も禁止である。指名制度も無いので嬢も特定のテーブルに長く着くことはほぼ無く、30分毎にローテーションしていく。お客様は特定の誰かのお客様ではなく、皆(お店)のお客様という具合だ。
昼の仕事や資格の学習に追われている私にとってこんなに働きやすい店は他にいくつも無いと確信して、そして感謝して日々を送っている。
さて、私がスナック嬢をしている理由は3つある。1つはお金、大学院にも行きたいし投資も拡大したい。お金はいくらあっても足りない。2つ目はお酒、そして酒の場が大好きだということ。居酒屋の雰囲気が大好きだ。毎日通うと破産するが、仕事でお酒の楽しい雰囲気の空間にいれるのは天職だろう。そして3つ目、人と関わりたい。商談、二次会、憂さ晴らし、どんな理由にせよ、大事なお金と時間を使って星の数ほどある店の中から選んで足を運んでくださる。そんなお客様との出会いを大事に、最後は笑顔でお見送り出来た時の喜びといったらこの上ない。
週に3日、最長4時間だけのシフトを入れている。これ以上は体がもたないだろうし、私には在宅ワークの副業もあるのでこのくらいが丁度よい。そんな私にオーナーから連絡が来た。
今日、急遽だけど出勤出来ないか?
以前にも一度、急遽の打診を受けたことがある。クリスマスだった。その日は別のメンバー達でシフトが決まり、私は別の日で3日決まっていたので、クリスマスに出勤すれば週4日になる。正直迷った。しかし家にはご馳走を用意して昼の仕事の帰りを待つパートナーと愛犬がいるのだ。私は丁重にお断りした。
急遽の打診、少しだけ迷った。2日連続でシフトに入っており、打診された日の一日を休んで、また翌日にシフト。打診日に出勤すれば4日連続になる。パートナーもその日は私が夜はオフと聞いて食事を準備してくれている。
結論、出勤を承諾した。これは私のこだわりなのだが一度断った人に二度目を提案されたら出来る限り応えたかったのである。
しかし妙だった。その日は木曜日。追加で嬢が必要なほどに混むとはにわかに信じ難かった。そうか、誰か病欠したのだ。そう思って出勤した。フロアには6人の嬢がいた。実に不可解だ。7人目に私が必要なのだろうか?人件費で赤字にならないか…?
懸念を抱きつついつものように接客をしていると、ある団体のお客様の席に着くよう言われた。私は新人で最年少なのでいつも下手(しもて)でドリンクを沢山作るのが団体客での常なのだが、この時は先輩嬢がドリンク作り、まさかの私が上手(かみて)席だった。他にも先輩嬢が複数ついていたのに、私が上手。
な、な、何が起きている…?
どこの国と人か分からないけど、外国のお客様がいるからそちらの方を宜しく。
黒服にそう言われて合点がいった。私は平日に高級ワインを2本も開ける羽振りの良い席の接待に、英語話者として呼ばれたのだ。これが急遽シフトを打診された背景だった。この団体様が入店された際、私は別のテーブルで既に他のお客様の接客をしていた。団体様が滞在されて1時間後に私もご一緒させていただいたのだが、早くホアちゃんを呼んでと先輩嬢達が何度も要請していたという。
う、嬉しい。
私に会いに来てくださるお客様の席に、ホアちゃんそろそろ来るよ〜と呼んでもらえる嬉しさとは違う。この席を盛り上げるのに私が必要だと、店のスタッフの総意でそう思っていただけたことが何より嬉しかった。
さて、海外のお客様はずっとスマホに齧りつきだった。嬢の誰とも会話出来ずウンザリしていたようだった。私が会話可能だと紹介されても、少し小馬鹿にしたように早口でまくし立てられた。
日本人の語学力に懐疑的な40代の方だった。果たして本当に日本人の多くが英語を不得手とするのかは疑問だが、この店には得意な嬢がいないことは事実だった。銀座の高級店に行けばたくさん英語話者の嬢に会えるだろうに、この街の古のスナックをわざわざ商談の場に選んだことも不可解である。
結論、お客様とは大いに盛り上がった。私がその地域の方と寮生活の相部屋を1年経験したからか、その国の映画のファンだったからかは定かではないが随分と波長が合ったのだ。話し始めてみると彼は嫌なお客様ではなく、本当は誰よりも酒の場が好きだけど言葉も通じず嫌気が差していただけのようだった。今まで水割りをチビチビ飲んでいた彼も、気付けばワインを煽りまくり商談にも快く応じ始めていた。私はその席のお客様に大層感激された。
ママも、店のスタッフも、ここまで事が上手く運ぶとは思っていなかったようだ。異国のお客様は次も当店を利用してくれるという。この営業で確信したママは、他のお客様に「海外のお客様ともご利用いただけるお店ですよ」と積極的に発信を始めている。
商談やプレゼンに向けた英会話を練習しに私に会いに来てくださるお客様も増えた。酒の場での交流が、金を生み出すビジネスへの加速を見せ始めている。私も、社会人として加速するために大学院を見据えてこの店で夜働き始めた。相互補助の良き関係が築けるきっかけとなった、人生最高の営業が出来た日だった。