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第一章 第一節 新聞記事

 朝の目覚めはだいたいこうだ。
 時計を見ると六時三〇分。起床時間が昨日と変わらないことに安堵する。
 狭いふたり部屋にふたつの布団。まだ隣では四つ年下の弟と茶色いワンコがすやすやと寝息を立てている(まったくもってこの雑種のメスは自分を犬だと思っていない。人間さながらの熟睡ぶりだ)。
 いつものように煎餅布団をめくって起きあがる。
 いつものように右回りに首をぐるぐると回していく。
 いつものように軽めのストレッチをおこない、いつものように風呂場へと向かう。
(これもいつものように)ブツブツとつぶやきながら歯磨きをする。
 うがいをミスって口に含んでいた水が滴り落ちた。そのせいで足元が水浸しになる。
 レッドデビルが描かれている、恐ろしいくらいに吸引力の欠けるマンチェスター・ユナイテッドの真っ赤なバスタオルで床を拭く。これも朝の恒例行事だ。

 Jリーグがスタートしてすでに半年以上が経っている。テレビで見た開幕戦の光景が忘れられず、たくさんの試合をスタジアムやテレビで観戦した。
 多くの仲間と出会い、そして良からぬ作法も学んだ。
 今までどおり普通に生きていただけではこんな経験はなかなかできなかっただろうな。なんだか大人の階段を少しだけ登った気がする。
 子供の頃から感情が足らないと言われ続けてきた(日常的に人と違う行動を取ることが多くて両親を非常に困らせていた)けど、Jリーグのおかげで今ではれっきとしたサポーターの一員だ。ぼくにとってサッカーを見ることがライフであり、週末のためだけに仕事をしているといってもよかった。
 日本代表選手(ダイナスティとアジアカップを制してからというもの日本代表を本気で応援しなければならない空気感がこの国を包みこんでいる。ぼくもそこにパッケージされてしまっている)と、世界中から集まった外国人選手に心の底から酔いしれていた(ジーコ、リネカー、リトバルスキーがJリーグでプレーするとは!聞いたときには本当にびっくりした)。
 すべてはアメリカワールドカップにつながる。この道程が日本サッカー界にとってもっとも大事な要素だと思っているのはぼくだけじゃないだろう。火をつけたのは間違いなくJリーグのサポーター。それだけでも興奮を抑えられるはずがなかった。

 なんだかいつもと違っている。
 一種の高揚感(母親の「今晩はすき焼きだから早く帰ってきなさい」以上にぼくを高揚させる要素などこの世に存在するのだろうか)をぼくは感じていた。我が家の至るところにその強烈な「念」らしきものが存在している。
 すっきりしない寝起きのせいだろうか。それとも胃の中をグルングルンしている昨日の焼肉食べ放題の満腹感か。
 いやどっちも違う。そんな感覚とは似て非なることだけはわかった。だけどそれ以外の理由なんてまったくといっていいほど浮かんでこなかった。
 顔を洗って、首にかけてあるタオルで拭く。(エバトニアンなのになぜ我が家にこれがあるのか素性がわからない)例のマンチェスター・ユナイテッドのバスタオル…しまった。床を拭いたのを忘れていた。
 忌々しいレッドデビルがこちらを見ている。ぼくは軽く舌打ちをしてタオルをパタパタさせた(もしぼくがエリック・カントナだったら、このあとに一体どんなことが起こっただろうか。想像するだけで身体の芯から震えてしまう)。
 鏡を見る。いつもと同じ冴えない男。放っておけず簡単に寝癖を直す。要するに人生すべてが適当なのだ。そこに占い師がいたとしたら間違いなく水晶玉の中にB型・しし座・適当を示す文字が浮かんで「あなた不吉な相が出ているわよ」と言い切っただろう。
 加えて妄想癖がある。
 子供の頃からアニミズムというか、物と会話だってできた。人とちょっと違うと思ったときにはもうずいぶんな大人になっていた。人生を呪うことは一度もなかったけど、正直なところ世の中と向き合うのが日に日につらくなっている。

 変な高揚感がぼくの心身に警鐘を鳴らしている。なんだかわからないけど緊張して少し汗をかいてきた。額をタオルで拭く。眼下にレッドデビルが見えた。
「お前は何度ぼくを貶めれば気が済むのだ」また物に話しかけている。間違いなく今日は厄日だ。
 それにしてもこの気持ちはなんなのだろう。ディエゴ・マラドーナが手を使ったかどうかくらい、ぼくには見分けることができなかった。壁に貼ってある無表情な二人組アイドルのポスターさえも、今朝はなにかを訴えかけてきている。
 キッチンに行き、いつものように六枚切りの二枚の食パンを古典的なトースターに挿入してダイヤル式のタイマーを回す。待つこと三分。うちはアンティークショップかよ。ときどきそう思ってしまう。
「物持ちがいいのが我が家の自慢のひとつなんや」いつも父親は言っていた(子供のとき、乗りつぶせば新しい自転車を買ってもらえると思い夢中でペダルを踏んだけど、そのたびに職人気質の父親が直してくれた。いらぬおせっかいだ!)。
 五月一五日のJリーグ開幕戦も骨董品レベルのイコンとも呼べるテレビで観戦した(Jリーグを真剣に見ようなんて考えを、このときのぼくはまだ持ててはいなかった)。いい加減で適当なぼくの心をあの試合は虜にしてしまった。我が家の聖遺物に感謝するしかない。
 昔話にふけっている間にトースターのタイマーがゼロ地点に達した。
 チチンチン。
 なんとも拍子抜けする音色を発してトースターは止まった。よし、ちゃんと焼けている。
 そうこうしているうちに、誰がどのようにやっても味が一向も変わらないインスタントコーヒーを母親が淹れてくれた。魔女のような出で立ち。だけど水晶玉を覗き込んでいるようには見えなかった。

 テーブルにはすでに父親が座っていた。
「おはよう」と声をかけると「ん」という、挨拶かどうかも判別できない言葉が返ってきた。朝のこの人の口数は格段に少ない。
 熱心に朝刊を読んでいる父親を一瞥もせず、ぼくはトーストにかじりついた。
 それでも視界に入ってくる。なめるように隅から隅まで新聞を読み尽くしている姿を見ないよう、ぼくは絶妙な焼き加減のパンに集中した(産経新聞社はこの人に感謝の意を示すべきだ)。
 すると突然、父親が朝刊の紙面を下げた。上部から眼鏡が見えるくらいの位置まで顔が飛び出している。同時に右腕を横に伸ばした。なにかを掴もうとしているのだけはかろうじてわかった。
 父親が手にしたもの。それは薄めの紙質。古新聞だった。読みすぎなのか、かなりしわくちゃだ。相当前のものなのだろうか。
 父親は面倒臭そうにぼくに差し出しながら古新聞をまるで硬いスプーンを曲げるかのようにゆらゆらさせた。早く掴めということだろう。超能力者かよ、ユリ・ゲラーじゃあるまいし。
 ぼくは改めて得体のしれない物質に目をやった。日付は昨日のようだ。大幅な消費期限切れの饅頭に手を出すくらい躊躇してしまう。なぜぼくにこんなものを渡してくるのだ。いくら状況を推し量ってみても、ぼくのような三流探偵にわかるはずがなかった。
 仕方なく受け取る。もともと持っていた物質はすでに温かさを失いつつあった。食事の邪魔にならないようぼくは夕刊紙をテーブルの左横に置いた。目新しい記事があるわけない。冷えたトーストと古新聞の間で目線が往復する。親子関係という惰性。それがテーブルのスペースを占領しているのが気にくわない。
 ぼくはゆっくりと紙片をひっくり返した。するとゴツゴツとした父親の右手がすっと伸びてきた(父親は若かりし頃にボクシングをしていたらしい。レベルは知らないけど「人を殴って金を稼ぐ」という単純明快な動機だけはなぜか教えてくれた)。
 こぶの目立つ人差し指で紙面のある場所を示した。小さい文字の記事がそこにあった。
「大阪市内にJリーグクラブができるらしいぞ」ボソボソと父親が言った。昨日の酒が残っているのか、いいちこ特有の青りんごっぽい匂いが伝わってくる。
「ふーん、そうなんや」ぼくは努めて冷静に返事をする。それでも父親の目はぼくに向いていなかった。その代わりというか、ぶん投げるようないつもの強い口調が朝刊越しに飛んできた。
「大阪市内にプロのサッカークラブができるんや。お前、なんもせんで、それでええんか?」
 耳から入ってきた「それでええんか?」という言葉だけが、なんだか直接脳みそへと突き刺さったように感じた。頭のてっぺんからの情報が視神経に伝達されていく。ぼくの目は古新聞に釘づけになった。

 父親は根っからのボクサーであり野球人だ。長年少年野球の監督を務め、過酷な練習でも有名な人だった(まあぼくも「被害者の会」のひとりとなったわけだけど)。猛練習の賜物だろうか、全国大会で優勝し、アジアの大会でも指揮を執った。この界隈ではそれなりに名の売れた人物だ。
 だから、サッカーに興味があるとはとても思えなかったし、素振りすら見せたことはなかった(あの開幕戦もだ。信じられるか?あの試合もだぞ)。
 放蕩息子が、やれJリーグだの、これからはサッカーの時代だのと口やかましくいうものだから多少気になっていたのかもしれない。人より感情が少ないぼくは、人より感情を表に出さない父親にうまく煽られたわけだ。
 元の状態には戻せないくらいしわしわの古新聞をぼくは再び手に取った。
 食事の手は完全に止まっていた。紙面に載っているほんの僅かなスペース。構成する文字のひとつひとつが今ぼくになにかを訴えかけてきている。
 青天の霹靂とはこういう場面で使うのだろうか ― 知らんけど。見たこともない海外のおもちゃを与えられた子供のようにぼくは夢中になった。手触りを感じ、動きに没頭し、こねくり回していく。ときどき口に放り込んだりしながら。

『名門ヤンマーディーゼルサッカー部がJリーグ入りを表明した。一九九五年のJリーグ昇格を目指す。大阪市をホームタウンとする。クラブ名は一般公募で決める』

 さっきから何度も同じところを繰り返し読み続けている(「男子のなにが凄いって、一度読んだ本を何度も繰り返し読めることよね」と誰かに言われたことがある。確かにその行為を苦にしない男性は実に多い)。完全に自分の世界に入り込んでいた。
 背後から声がしている。ぼくには母親の忠告などまるで届いていなかった。食パンを口元に持っていこうとする腕を、後ろから母親が掴んでいる。まるで遊び道具でも取りあげられた子供のようにぼくは母親をキッと睨んだ。
 そしてふと我に返る。食パンを持っているはずのぼくの右手が手にしているのは…白い皿だった。今にも喰らいつこうとしていたのだ。マザーはかろうじて、ぼくの歯を守ってくれた。
 すべてこの新聞記事が、ぼくという人間を狂わせはじめていた。

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