森喜朗は真面目に認知症なんじゃないか?
ほんの少しの間だけ首相になった森喜朗、今年は盛大な失言をかましてオリパラ組織委員会の会長を辞めることになりましたが、更に失言をかましてヒンシュクを買うという事態が起きてます。
そこでネットでは大バッシングが沸き起こるわけですが、森喜朗を見てると女性差別とはまた違った、深刻な問題が潜んでるんじゃないかって気がします。
認知症・・・。
これ、真面目に彼が認知症を患ってるんじゃないかと思ってます。
森の年齢は83歳。オリパラ実務をこなすにはあまりにも御歳なんじゃないかと思っていて、この年齢の人が未だ現場に出るような社会構造に問題があると思うんですよね。
📖そもそも失言かました記憶があるのか
森喜朗が女性蔑視の発言をしたことは、報道された以上『記録』には残っています。どうあっても報道された以上、情報としては残り続けるのです。
問題は森喜朗の『記憶』には残ってるのかどうかで、ここが怪しいんですよね。
例えば記者会見中にしても、記者会見を受けているという状況認識能力はあるのかどうか。周りが皆、自分より若い世代が五輪実行員に関わっていたとすると、彼一人だけ生きている時間軸が異なるのかもしれません。
⚽動作は正常にできるという厄介さ
もし私達が将来認知症になった場合、果たして認知症を自覚できるのでしょうか。それはまず無理なんじゃないかと思います。
加えて、認知症の手前に軽度認知障害というものがありますが、この段階では「動作は正常にできる」らしいのです。
昨年、埼玉の実家に帰り、久々に祖母と会ったのですが、まさに祖母はそんな状態ですね。ある程度行動は正常に出来るのですが、私の顔を見ても名前が出てこないんですわ。
元々忘れ物も激しい人でしたから、認知症になっても余計に識別し辛いという難点もあり、そんな祖母も偶然の一致か、森喜朗と同じ83歳です。
軽度の認知障害だとしても何ら不思議は無いのでありまして、83歳はそういう年齢だって言うことです。
🏀五輪が教えてくれる超高齢化社会の悲惨さ…
東京オリンピック2020はモリンピックとすら揶揄されることもあるスポーツイベントとなりましたが、何が悲惨かて、どんな崇高な理屈を並べても「森喜朗」というスーパー調整老人がいないと開催できない状態だっていうことです。恐らく、会長を辞任したとて今も実権は持ってるのではないかと思われます。
問題はですね、そうした老人を引退させる仕組みがないってことです。
これは我々にとっても他人事ではなく、この先、公的年金制度は破綻し、定年も撤廃されると、引退したくても出来ない社会になるのですよ。
そして30年、40年と経った時、認知症になった私達は働きながらも「認知症になったことさえ自覚できない」わけです。認知症になった私達は今を生きる若い世代と自分が生きてる時間軸が違います。若い人に迷惑をかけますし、やっぱりいつまでも老兵がしゃしゃり出ていく社会ってのは、若者からすると絶望しちゃいますわね・・・。
そこ考えると、やっぱり議員は65歳で定年を設けた方が良いんだろうし、定年の無い超高齢化社会の待つ悲惨な未来って言うのを、東京オリンピック2020は教えてくれてるんじゃないでしょうかね、ホント。