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『箱の家』

─── ぼくたちの中の誰かの背が低くなる。足元が、床に沈み消えていく。記憶も、足音を残さず去っていくようで、ぼくたちは、消えていくぼくのことを、もう思い出せなくなった ───

本文より

『箱の家』


入り口はあったはずだ、と思う。  
なのに、この部屋を出ることができないでいる。

部屋には、白と黒の箱があって、不規則に並んでいる。  
いくつかは宙に浮いていて、その前に立つと、古い木の匂いが、ぼくたちの鼻先で円を描くように光った。

ぼくたちは箱をとることに決めた。手で触れると、ひんやりとする。  
ぼくたちの中の誰かが箱を開ける。空っぽ。そして空虚は、手のひらからすべるように腕を遡って広がった。  
そしてぼくたちの中から、誰かがいなくなった。

ぼくたちの中の誰かが目を閉じた。そうすれば、箱も部屋なく、そして影も形も色もない。  
代わりに、蝋燭の炎に似た体臭が、ぼくたちの視界へ仄暗く浮かんだ。

風が部屋を通り過ぎる。冷たい風だから、ぼくたちの中の誰かが、それに気づいた。  
誰かの寂しさが、ぼくたちの耳をかすめた。体温のひとつが、揺れるように小さくなって消えた。

ここでは、ぼくたちの中の誰かが消えている。  
ぼくたちは目を開けて、今度は大きめの箱を選んで手を伸ばす。箱の中には、影が一体、大事に仕舞われていた。

ぼくたちの中の誰かの背が低くなる。足元が、床に沈み消えていく。記憶も、足音を残さず去っていくようで、ぼくたちは、消えていくぼくのことを、もう思い出せなくなった。

ぼくたちの中の、誰が最後に残るだろう。  
入り口だけがあった部屋の中にいて、誰もここを出る方法を見つけられない。
ぼくたちが減ったせいかもしれない。  
ぼくたちの誰も、何も言わない。

この部屋は一つの箱だ。ぼくたちのいる箱の家が、ぼくの顔をして、今、誰かを口説いているような、あるいは泣き落としでもしているような、そんな気配が壁の外にある。

ラジオのノイズと同じ音で、そいつはしゃべっている。  
ぼくたちの箱の外で、ぼくらしき形の箱が、何かを繰り返し語り続けている。

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