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【リューバ・エドリーナ, 1929-2018🇺🇦ウクライナの芸術家シリーズ25】

ボロディン・トリオのピアニストとして活躍したリューバ・エドリーナ(Luba Edlina, 1929-2018)は旧ソ連ハリコフ(現ウクライナ)出身。生い立ちはあまりわからないのだが,10歳になるまでにはコンサートを何でも開いており,17歳の時モスクワ音楽院に入学。ヤコブ・フリエール(Yakov Flier, 1912 - 1977)の下で学んだ。フリエールの門下にはベラ・ダヴィドヴィチ,ミハイル・プレトニョフらがいる。

リューバはモスクワ音楽院時代に,以前紹介したボロディン四重奏団の創始者ドゥビンスキーと知り合って結婚し,ソ連から亡命した後にドゥビンスキーとともにデュオやトリオで演奏を多く残している。以下のドゥビンスキーの自伝に馴れ初めの話がある。ドゥビンスキーはエドリーナことを,ボロディン四重奏団とも頻繁に演奏していたリヒテルの取り巻きの一人と初めは思っていたらしい。ただ,リヒテルの室内楽の演奏は「弦楽四重奏団を伴奏のように思っている」と少し批判的に語ったことにドゥビンスキーが興味を持ったことが,その後の結婚に至ったきっかけの一つとのこと。

実際のところエドリーナの室内楽の演奏は,弦楽器との音色に溶け合いつつ,必要に応じてピアノもきっちり主張する素晴らしい演奏だ。これって,プロなら出来てアタリマエに思うヒトも多いかもしれないが,本当に難しいことなんだ。

ピアノは音量も音色も弦楽器と全く違う。ソロのときと同じ音量で弾くと簡単に弦楽器の音をかき消してしまう。かといって控えめに弾いては単なる伴奏になってしまう。弦楽器の音を消さないで,でも,ピアノも必要に応じてしっかり主張するような弾き方をするのは本当に難しい。

さらに深刻な問題があって,ピアノはたいてい平均律で調律されるが,弦楽器では平均律で弾くことはない。つまり両者は音程まで違う。弦楽器がある程度ピアノの音程に合わせたりもするが,優秀なアンサンブル・ピアニストは,ハモリが乏しい平均律のピアノの音程を弦楽器に合わせてハモらせるかのような弾き方をする。

そんなこんなで,ソリストとして一流のピアニストでも室内楽曲を弾くとピアノ協奏曲のようになって,本来の楽曲の魅力が損なわれることはよくある。でも,というか,だからこそ,室内楽はとても楽しい。

以下はショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲2番 op.37。ショスタコーヴィチと交流があったドゥビンスキーの自伝(上記)には,以下のように紹介されている。

最初の響きはまるで不幸の予感を憂いているようだ。情け容赦無く聞き手を圧倒すると,続く第2楽章のスケルツォでは,悪魔のようには快適なしのダンスが飛び出す。第三楽章のパッサカリアでは,血も凍るようなピアノの和音が響く。これは鉄道のレールを叩くハンマーの音で,強制収容所の囚人たちにとっての「イワン・デニソヴィチの一日」がまた始まることを告げているのではなかろうか? この邪悪な音がホール中に響いている間,バイオリンとチェロは涙を流しながら犠牲者のために祈るのだ。最後の第四楽章では緊張が高まり,室内楽では滅多に無いfffに達する。すべての表現手段が尽きたように見えた時,予想もしなかったことにバイオリンとチェロが弱音器をつける。まるで,鉄の手で喉を締められ死ぬほど苦しいさなかに,悲鳴が漏れ出るかのようだ。最初に出てきたユダヤ風の動機が戻ってきてこの三重奏曲は幕を閉じ,虚無の中に消えていく,国に対する疑問符のように。この曲では一人の芸術家が勇敢にも真実を語っており,そのためにその芸術家は4年後に沈黙を強いられるのだ。

ドゥビンスキー著, 竹本雅昭「ボロディン弦楽四重奏団創立者は語る」

以下は,ボロディン四重奏団にエドリーナが加わったショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲。ボロディン四重奏団は同じ曲をリヒテルとの共演でも録音を残している。リヒテルとの演奏も名演だが,ピアノと弦楽器が一体となったアンサンブルとして魅力的なのはエドリーナの方のように僕は感じる。


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jun
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