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何がってわけじゃないけどなんか嫌いな男の話
私の務めている会社では本業であるネットショップの運営とは別に、リサイクルショップの運営も手掛けている。
商品は同じだが、箱の破れや梱包崩れなどで正規品としては販売できなくなった「実際の利用には支障のない疎外品」をリサイクル販売しているのだ。
リサイクルショップ自体の売上は微々たるものだが、本業であるネットショップで売れずに眠っていた在庫がリサイクル品として店頭に並ぶので、売れなくて当たり前。売れればラッキーなのである。
そんなリサイクルショップの運営を任されている井ノ原拓郎さん。38歳男性の話。
なにかと問題・・・というか、人間関係をこじらせることで有名な男だ。
元いた部署では全女子社員から嫌われており、今いる部署でもまぁまぁ嫌われている。
また、商品を管理している倉庫管理部からも嫌われている。
何をすればそんなに嫌われるのか。
不潔だとか、臭いとか、そういった外的要因ではない。
かといって人柄はフレンドリーで物わかりもよく、嫌味な性格でもない。
正直嫌われる理由がわからない。
とはいえ、私も彼が苦手だ。
なんというか、うーん。
なんかどことなく、胡散臭い。いや?
信頼できない?あと、とりあえず否定が多い。
端的に言えば彼は、物腰柔らかく断るのが上手いのだ。
自分の業務から逸脱することが許容できない。
また、自分の業務範囲から出たものに関しては関与しない。
それでいて物腰は柔らかく、あたかも協力してくれる雰囲気だけを残して去っていく。
こちらは狐につままれたような気持ちになり、そんな経験を2、3回経ると大抵の人は彼のことを嫌いになる。
たとえば、リサイクルショップの商品の管理について。
実際はショップの店長やスタッフが行うが、売上が合わないことが多々ある。
どうすれば合うのかなどを検討する際に、井ノ原は解決策の前に
「自分はできるところまではサポートしていた」とか
「そもそも最初に自分が作成した管理方法から変わっている」とか
保身にも思えるような言葉が続く。
そして解決策を話し合っていると「自分の業務としてこなすとなると組織体系がおかしなことになる」だとか
「責任の所在は店長にあるので私は悪くない」だとかを言い出す。
そして自分にいざ業務が降りかかりそうになれば
「今の業務で手一杯なのでこれ以上携われない」と沈痛な顔でボソボソと告げるのだ。
そんな井ノ原さんと5年ほど前に酒の席でこんな話をした。
「実は最近結婚してね」
「そうなんですか。井ノ原さんおいくつでしたっけ?」
「33になったよ。彼女とはもう10年くらい付き合ってたんだけどようやくね」
「そんなに長くですか。なにかきっかけがあったんですか?」
「いや、特にこれと言ったきっかけはなくて。でも子どもが」
「子どもが?」
「出来てないんだけどね。出来てはないけど、ほしいなと思って。
これまでも彼女と色々努力はしてきたんだけどなかなか。
で、もう30過ぎて。奥さんも同い年でね」
「えぇ」
「子どもを作るにしても、結果できなかったにしても
どっちにしてもまぁ別れることはないだろうと思って。
それなら結婚しましょうってさ。はは。どうおもう?」
「いいんじゃないですか?どう転んでも一緒に居るんだったら」
その当時の私もちょうど彼と似たような境遇だった。
8年ほど連れ添っている彼女が居て、子どもも当時はいなかった。
いまは結婚して娘が一人いるが、その当時の彼の心境は大いに理解できた。
そんな会話があって、しばらくは私も彼のことを話の分かる良いやつだと思っていた。
業務で直接関わるようになってからはかなり早い段階で心を閉ざしてしまったが。
私は2024年10月現在、倉庫管理部のシステム導入という名目で倉庫業に携わっている。
倉庫と本社は市を跨ぐほどの距離があり、私は本社出勤から倉庫出勤となった。
倉庫では本社への劣等感や不満をいだいた男たちが愚痴をこぼしながら仕事をしていた。
喫煙所でみんなで集まっては、本社の態度や言動をあげつらって不満とタバコを吹かしている。
やれ、本社は体力仕事を嫌がるだの。
やれ、倉庫はなめられてるだの。
私もほかの本社組の社員も、どっちが偉いかなんてことは考えたこともないし、得手不得手はあるので、倉庫管理部に屈強な男たちが居る中で本社のデスクワーカーたちが加勢できる体力仕事も限られているだろう。
とおもいながらも。郷に入っては郷に従えの精神で
「そうですねぇ。手伝うくらいしてくれればいいのにねぇ」などと相槌を打つ。
翻ってみれば、じゃぁお前たち倉庫管理部は本社のデスクワークに一度でも加勢してくれたことがあるのか?と聴いてみたいところである。
しかし、波風は立てるまいとして二、三度言葉を飲み込む。
本社への愚痴はとどまるところを知らず、あれやこれや昔の恨み節も飛び出した。
「盆セールのときだって井ノ原は一日も手伝いに来なかったからな!」
今年の盆の時期に、リサイクルショップでお盆セールが行われた。
三日間のセールで1000名以上のお客様が詰めかけるという中々の大盛況ぶりだったという。
セール中は本社、倉庫の社員が休日出勤をして対応にあたった。
しかし、責任者であるはずの井ノ原はこの3日のうち1度も休日出勤しなかったのだ。
「強制じゃないけどさ。責任者なら3日間でろよって!」
喫煙所の男たちの声がどんどん大きくなる。
「関係ない俺達まで駆り出されて意味わからないだろ」
私自身、他人の愚痴にあまり興味がない。
したがって一刻も早くこの場から立ち去りたいという思いだった。
しかし、愚痴を言い合う彼らの目は輝いて見えた。
愚かしさの象徴的揶揄としてよく聞く「奴隷の鉄球自慢」が今目の前で行われている。
彼らは嬉々として自分たちの不幸をひけらかし、虐げられた思い出を武勇伝のように語った。
運気が下がる。と思った。
私は否定も肯定もせずに話を聞き流す。
缶コーヒーを飲みきったところで立ち去ろうとした時だった。
「しかも理由が子どもの誕生日だかららしいぞ!」
なんだそれ―――と不満が連鎖する。
「子どもが誕生日でも親の葬式でも会社には来るんだよ!」
そうだそうだと男たちは頷き、俺も離婚した嫁さんの親がなくなった時は~という不幸話のバトンリレーが執り行われた。
それからの会話はよく聴いていない。それよりも、彼らが常識として信じている価値観が私には受け入れられなかった。
そこまでして仕事がしたいなら会社に住めば良い。家族と会わずにひたすら仕事をすれば良い。
家族に会いたい人間が休みたいんだから、君らが変わりに出ればいいじゃないか。
なにが不満なんだこいつらは。
自信がなくて劣等感を背負っている彼らは本社という見えない仮想敵に向かって竹槍を一生懸命向けている。
俺達を馬鹿にするなと必死に愚かな行為を繰り返す。
原始人よりいくらか文明の進んだ民族を観ているようだった。
受け入れられない価値観を耳にして、私はなにか言い返してやりたい気持ちになった。
私は、子どもの誕生日に残業は絶対にしないし、休日出勤もしない。
3日間休んでバースデーフェスは流石に開かないが、とはいえ、井ノ原の気持ちにも寄り添ってやることが出来た。
産まれたことは知らなかったが、井ノ原に子どもが出来ていたのだ。
長く夫婦で悩んでいたのだろう。そして産まれた子の誕生日を盛大に祝ってあげたい。
盆なら親族にも会うだろう。家の行事も合わせて3日間イベントが目白押しだとしたら、休むこともやむを得ないと思う。
そんな話を、主観的にはやんわりと倉庫管理部の面々に伝えた。
彼らはなんともきまり悪そうにおずおずと作業に戻っていった・・・。
井ノ原の名誉を守りたかったわけじゃない。
とはいえ、そういう価値観が世の中にはあることを知ってほしかった。
知ったうえで批判するならそれは仕方ないだろう。
私は飲み終えた缶コーヒーを捨てて、倉庫の管理システムの調整作業という孤独な雑務に籠もった。
・・・。という事があったんだと、仲の良い総務の女の子に話したところ
「井ノ原さんお子さんいませんよ」
あ・・・え?おっおっ・・・
え?ええ?
は、あぁ。え?んん???え、あぁ。
はっはっはっは。
あ・・・え?
あぁ・・・。あ、えっ?
「あの人子ども嫌いらしいですよー」
話を整理すると、3日間休んだのは単純に行きたくなかった?からで、
家庭の事情があったのかもしれないがセール不参加の理由として「子どもの誕生日」という嘘?の理由を使った。
―――嘘かどうかはわからない。甥っ子か姪っ子かの誕生日だったのかもしれない。
そしてその嘘に、私はまんまと載せられて井ノ原をフォローしてしまったらしい。
・・・。やられた。いや、俺が勝手に諸々を結びつけてしまっただけか。
私が勝手に勘違いしてしまったのだろうか。
「まぁ、みんな似たような勘違いしてたんで、狙ってやってるんじゃないですかね?」
首を傾げながらそういう総務の子ももちろん。井ノ原のことが嫌いである。
「はっはっは。やっぱあいつクソですね!」
「ですね!」
ここまでの話をまた倉庫管理部の奴らに広めてやろうと思う。
私はつくづく、井ノ原が嫌いである。