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教科書には書いてあるのに、公の資料では黒塗りになっている固体ロケットの燃料の成分

コンポジット推進薬の成分

 先日の「カイロス」ロケットの打ち上げをめぐって、記者会見でこのようなやり取りがあった。

Q:カイロスは固体燃料ということですが、燃料の成分は何でできているのでしょうか。
A:言っても差し支えないと思いますが、誰かが真似をすると困るので……。ロケット工学の教科書を見ていただくと載っていると思いますので、それでご確認いただければと思います。

2024.03.13 13:30~スペースワン KAIROSロケット打上げ後 記者会見 - YouTube

 現代の固体ロケットには、ほぼすべて「コンポジット推進薬」と呼ばれるものが使われており、そしてその主な成分は、たしかに教科書にも書かれてある。

 一例として、先ごろ発売された『ロケットシステム』(田辺 英二 、森北出版)では、コンポジット推進薬の成分の一例として、以下のように記載されている。

過塩素酸アンモニウム……73%
合成ゴム……11%
アルミニウム……16%

田辺英二. ロケットシステム. 森北出版, 2024, p392.

 このうち、過塩素酸アンモニウムは酸化剤として使われる。

 合成ゴムは、燃料として、また推進薬全体を接合するバインダーとしての役割をもつ。主に「末端水酸基ポリブタジエン(HTPB、Hydroxyl-Terminated Poly-Butadiene)」が使われる(これも他の本には当たり前のように書かれてある)。

 アルミニウムは燃料の一部として、燃焼温度を高めて性能を上げるための助燃剤として使われる。

 ただ、上記の割合についてはあくまで一例であり、実際のロケットにどの成分がそれぞれどのくらいの割合で入っているかは明らかにされていない。

 また、この3つはあくまで代表的な成分であり、性能向上などを図るため、これ以外にもいくつかの物質が入っている。その成分――ある宇宙研の先生の言葉を借りれば「隠し味」――が何なのかは、まさに秘中之秘となっている。

 くわえて、固体ロケットは推進薬自体がロケットの構造体の役割を果たしていることから、性能だけでなく機械的特性を満たす必要もある。いくら性能が良くなる配合があっても、それが構造的に脆ければ使い物にならない。

「固体ロケットは見た目こそ単純だがノウハウの塊」と呼ばれる理由のひとつが、こうした文字どおりの"さじ加減"、すなわち「性能面で満足できるうえにちゃんと飛べるロケットにできるかは、どんな成分をどれくらい入れればいいかにかかっている」ところにある。

 つまり、教科書を読んで「コンポジット推進薬は主にHTPB、過塩素酸アンモニウム、アルミニウムからできている」という知識だけ得ても、カイロスのようなロケットや弾道ミサイルを真似て造ることはできないのである。

消えたHTPB

 これを踏まえて冒頭の質疑応答を振り返ると、「誰かが真似をすると困るから言えないことが、誰でも読める教科書には書かれてある」という、ちょっとした矛盾が生じていることがわかる。また、「誰かが真似をすると困るから」というのが、答えられない理由として成立していないこともわかる。

 こうしたことから見えてくるのは、実際の理由は、「教科書に書かれてあるほど公知となっており、それをもってすぐに固体ロケットが造れるものでもないが(だから言っても差し支えはないと思うが)、実際にロケットを造っている会社の立場としては言うことができないから」ではないか、ということである。

 実際、スペースワンの公式サイトには「固体燃料」としか書かれていない

 さらに、経済産業省の「火薬類取締法施行規則第32条による特則承認申請書」からは、そのことがよく見て取れる。これは、火薬類取締法を厳密に守ると、火薬の塊であるロケットを造ったり保管したりすることは到底できないので、「こういう理由で特大の火薬を造ったり置いたりしたい。安全面はこういう対策を取っているので大丈夫」といったことを示して、特別に承認してもらうための制度である。これはロケットだけでなく、発煙筒や、車のエアバッグに使用する機器などを造っているメーカーも同じように申請を出している。

 そして2020年3月16日に、「第11回 産業構造審議会 保安・消費生活用製品安全分科会 火薬小委員会 特則検討ワーキンググループ」で審議された、スペースワン提出の「火薬類取締法施行規則第32条による特則承認申請書」の公開版ファイルは、おそらくコンポジット推進薬の成分が書かれてあるであろう部分も含め、いたるところが黒塗りになっている。

 ちなみに、2019年6月26日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、同様の申請ための提出した「火薬類取締法施行規則第32条による特則承認申請書(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)」の公開版ファイルでは、以下のように一部のみが黒塗りになっている。

SRB-A及びSRB-3用の推進薬は、従来のSRB同様に、■■■■■■■■■■、過塩素酸アンモニウム(AP)、及びアルミニウム粉(AL)からなるコンポジット推進薬です。

火薬類取締法施行規則第32条による特則承認申請書(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)

 もちろん、この黒塗りの部分には「末端水酸基ポリブタジエン(HTPB)」という文字が入ることは間違いない。程度の差こそあれ、民間企業であるスペースワンも、国立研究開発法人であるJAXAも、コンポジット推進薬の成分に関する情報をなるべく表に出さないようにしていることがわかる。

 ところが、これより5年前の2014年9月22日に、JAXAがSRB-Aを同火薬庫で最大3本保管するための特則承認を申請した際の申請書の公開版ファイルには、以下のようにHTPBがはっきり明記されている。

SRB-A用推進薬は、末端水酸基ポリブタジエン(HTPB)、過塩素酸アンモニウム(AP)、及びアルミニウム粉(AL)からなるコンポジット推進薬(中略)です。

火薬類取締法施行規則第32条による特則承認申請書(PDF形式:1,670KB)

 つまり、ここ数年で公開、非公開の基準が変わったことが見て取れる。おそらく、この間の2018年に施行された宇宙活動法が関わっているのではないだろうか。

 こうした背景を踏まえると、「カイロスの固体推進薬が何でできているのか」という質問は、そもそも公式サイトをはじめ、公になっている資料に明記されておらず、一般的なコンポジット推進薬なのかどうかすら確実な情報がない――常識的に考えてコンポジット推進薬であることは疑いようがないものの、本当にそうなのかを確かめるのが記者の仕事の基本である――という点から、きわめて真っ当なものであったと言えよう。

 また、それに対する「ロケット工学の教科書を読んでください」という回答は、カイロスの推進薬は一般的なコンポジット推進薬であり、その成分は主にHTPBと過塩素酸アンモニウム、アルミニウムであることを間接的に示してしまっている。それと同時に、公の資料でHTPBを黒塗りにすることが、客観的には無意味であることの証左にもなっている。

 ここ十年ほどで日本の宇宙開発をとりまく状況は変わり、また固体の長距離弾道ミサイルを開発する国や地域も出てきた。その点から、昔は公に言ったり書いたりしてもよかったものが、いまでは難しくなったのは理解はできる。宇宙センターなどの施設でも、昔は中に入って写真も撮り放題だったのに、いまは非公開となっている施設が多くある(『宇宙へのパスポート』(笹本祐一)を読んだうえで取材に行くと、それがよくわかる)。

 しかし、隠さなくてもいいもの、隠す必要がないものまで、なんでも隠すのは滑稽であり、なにより無駄であり、本来必要なところへのコストやリソースが削がれてしまう危険がある。また、何を隠すべきで、何を隠さなくていいのかを適切に判断できないということは、ひるがえって絶対に隠すべきものを野放しにしてしまう危険もある。

 もちろん、その判断を、自信と責任をもって行うことの難しさは想像に難くない。そのために十把一絡げになんでも隠したり黒塗りにしたりしてしまう事情もわかる。

 それでも、たとえ少しずつでも、隠すべきところはしっかり隠しつつ、隠さなくていいところはどんどん見せられる環境になってほしい。それは大衆の理解を得るための広報・普及活動という意味でも、そして「見せられるものと見せられないものをしっかりわかっているぞ」、「見せられる範囲だけでもこれだけのことをやっているぞ」と示すことが抑止力になるという意味でも、重要なことではないだろうか。

参考文献


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