JAXA H3プロマネ有田誠さん囲み取材―新しい注水設備、機体把持装置、H3の打ち上げ能力などについて
2024年11月4日、H3ロケット4号機の打ち上げ後に行われた、有田誠さん(JAXA H3プロジェクト・マネージャー)への、囲み取材の文字起こしです。
※基本的に発言をそのまま文字に起こしていますが、フィラー(「あのー」など)は削除しています。また、文章として読みやすくするため、元の発言の意味、内容を損なわない程度に、言葉を付け加えたり、削除したりしています。
※通常の記者会見とは異なり、囲み取材は質問した方の名前が公開される前提にはなっていないため、質問者は無記名としています。ただし、筆者(鳥嶋)がした質問のみ、その旨明記しています。
フレーム・ディフレクター冷却用の注水設備を変更したことによる恩恵は?
Q:今回から、フレーム・ディフレクター冷却用の注水設備が、ブローダウン(ガスで水を押し出す)方式になりました。うまく機能しましたか?
A:おかげさまで、一発でうまくいきまして、ほっとしています。担当者は集まって大騒ぎしていました(笑)。
Q:今後もブローダウン方式を使うのですか?ガスタービン・ポンプはどうなるのでしょうか?
A:ブローダウン方式の注水設備は第2射点にだけ設置したので、これからもH3専用として使っていきます。
H-IIAについては、第1射点から打ち上げますので、最終号機(50号機)もガスタービン・ポンプを使います。
ただ、H3-30形態のCFT(1段実機型タンクステージ燃焼試験)では、発射台に固定した状態でエンジンを噴射しますので、ブローダウンだけでは水のタンクの容量が足らず、冷却が不足します。そのため、そのときにはガスタービン・ポンプも使います。
また、LE-9の燃焼試験でもガスタービン・ポンプを使うので、(ブローダウンを導入したからといって)ガスタービン・ポンプは完全にはなくせません。
ブローダウンを導入したのは、ガスタービン・ポンプが故障(*1)したときのことを考えてのことです。とくにH3の場合は、容量の関係で、2基設置しているガスタービン・ポンプが2基とも動いていないと打ち上げができませんでした。今回ブローダウンを設置したことで、ロバスト性が高まりました。
ちなみに、H-IIAの打ち上げやエンジンの燃焼試験では、ガスタービン・ポンプ1基で済みます。
*1:ガスタービン・ポンプは、性能は高いものの構造が複雑で、過去に不具合が発生したこともあったという
機体把持装置はいつ試験する?
Q(鳥嶋):3号機の極低温点検のときに、機体把持装置の試験を行う予定が、「最終調整に時間を要する」として実施が見送られました。あらためていつ行うのかなどの予定は立っていますか?
A:3号機のときに適用できなかったのは、よく検査をしてみると、あまり良くないことがわかったためです。そこで、無理に適用するのはやめよう、打ち上げを最優先にしようと判断しました。
これから、改修して、ちゃんと使えるものに直します。そして、最終的な検証には、極低温点検(*2)が必要になります。
現在、30形態の試験機のときには、射点上で3基のエンジンを吹かすCFTを行うことを考えています。これは、エンジンに点火するかしないかの違いはありますが、極低温点検と同じような状況になりますので、その機会にあらためて検証をすることを計画しています。
*2:機体と設備を組み合わせて、打上げまでの作業性や手順を確認する点検。実際にロケットに液体推進薬を充填し、機体の機能などが健全に動作することを確認する
Q(鳥嶋):なぜ、機体把持装置の検証に、ロケットに推進薬を入れた状態での試験が必要なのでしょうか?
A:あくまで私の説なのですが、ロケットから把持装置が外れない可能性があると思っているんです。
把持装置は、金属でガシャーンと掴むようなものではなくて、ロケットと接する部分はゴムチューブみたいなものになっていて、機体を柔らかく、優しく包み込んでやるような仕組みになっています。
一方で、ロケットの機体は液体酸素と液体水素が入ってちんちんに冷えています。すると、大気中の水分が降りてきて、氷になってしまうんですね。もし、掴んでいる部分、つまりゴムチューブと機体とが隙間がないほど接している部分に氷ができてしまうと、外したいときに外れなくなってしまう可能性があるのではと危惧しています。
なので、最終的には極低温点検をやって検証する必要があると思っています。
Q(鳥嶋):「最初の設計では良くないところがあった」とのことですが、具体的にどのような部分が良くなかったのでしょうか?
A:「良くないところ」と言うと、造った人に大変申し訳ないんですけれども、非常に難しい設計なんですね。
機体把持装置は、ロケットの機体を優しく掴まなくちゃいけない。一方で、この装置はもともと何のために付けたのかというと、機体が風に吹かれて倒れないようにするためです。そのためには、機体と把持装置、それからアンビリカルマストと移動発射台(ML)、この全体の剛性、いわゆる変形しにくさをうまく設計してやらないと、機体にかかる荷重を抑えることができないんです。
そこの設計が非常に難しく、(最初に造った把持装置を)検査をしてみたら、ちょっと違うなという話になりまして、もう一度よく考えてみようということになったのです。
Q:把持装置はH3のどこを掴むのですか?
A:第1段の液体水素タンクと液体酸素タンクの間(インタータンク部)です。
インタータンク部は基本的には常温の構造なのですが、下に-253℃の液体水素タンク、上に-183℃の液体酸素タンクがありますから、冷たいものに挟まれていますので、インタータンク部もそれなりには冷たくなるんですね。-100℃とかになるわけではないんですけれども、マイナスの温度になる可能性はあります。
そこで、先ほどの私の持論の話になるわけです(2つ前のQ&Aを参照)。
「いや、ここはそんなに冷たくならないです」という説もあって、私の言っていることが杞憂に終わってくれればいいんですけれども、でもやはり実証したいという気持ちもあって、実施を計画しています。
Q(鳥嶋):インタータンク部で掴むということは、最初は想定されていなかったと思いますけれども、もともと掴んでも大丈夫なほど強度があったということなのでしょうか?
A:最初は機体側を補強しようという案もありましたが、機体のコストが高くなってしまうので、そうしなくてもいい方法として機体把持装置を考えました。もともとインタータンク部にはある程度の強度がありましたし、そのうえで優しく掴むという工夫をしました。
Q(鳥嶋):あらためて、機体把持装置の必要性や、必要になった経緯を教えてください。
A:H-IIAでは、機体支持装置という、機体をインタータンク部でアンビリカルマストから支持する装置があります。H-IIBでは、第1段機体が直径が太くなったことによって全体の剛性が上がっため、必要なくなったんですね。
じゃあ、H3はH-IIBと同じ直径だから、同じように機体を支える装置はいらないのでは――と思いたかったのですが、MLと組み合わせた剛性を調べたり、横風を与える風洞試験を行ったりしたところ、共振が起こる可能性があることがわかりました。全体の固有振動数が低いこと、そして風によってカルマン渦ができ、それによる共振風速が意外と低いということがわかって、「このままでは共振でロケットがブルブル震え、倒れてしまうんじゃないか」という話になりました。
一方で、「そんなことあるわけないじゃないか」という説もありました。というのも、こういう現象は、一様にきれいな風が吹いてくると起こる可能性があるんですね。でも、自然の風というのは、そんなきれいな風じゃないので、だからそんなこと起こるわけがない、という理屈です。
ただ、最後には「それでもあったらどうするんだ」という説が強くなりました。やはり、万が一倒れてしまったら大変な損失になりますし、なによりお客さまである衛星を積んだ状態でそんな目に遭わせるわけにもいきませんから、ここは大事をとって、機体把持装置を造ろうという決心をしました。
Q:機体把持装置について、掴む以外の案はなかったのでしょうか?
A:いろいろありました。本当にいろいろなことを考えました。ですが、最終的には、いまの形がいちばん確実だということで落ち着きました。
とんでもない案もあったんですよ。実は、私の出した案がとんでもないものでした(笑)。ちょっとおもしろすぎて(笑)。
――じゃあ無事に完成した暁には、笑い話としてその案を教えていただけますか?
いやー、ひどすぎるので(笑)。いやー、まずいネタを言ってしまいましたねえ(笑)。
H3の打ち上げ能力とロングコースト
Q:確認ですが、H3ロケットの、ロングコーストGTOの打ち上げ能力は、「H-IIAより約2t重い衛星を打ち上げられる」という理解でいいですか?
A:はい。H3-24形態は、H-IIA 204より約2t重いものをロングコーストGTOへ打ち上げられます。
(筆者注:H-IIA 204のロングコーストGTOへの打ち上げ能力は約4.8t、H3-24は6.5t以上)
Q:いまの質問に関連して。H3-24は、ロングコーストではない通常のGTOであれば、もっと重い衛星を打ち上げられるのですか?
A:そうです。8tを超える打ち上げ能力があります。
Q:昨今、低軌道コンステレーションの需要が増えています。そうなると、H3-24Lで低軌道に打ち上げるということもあるのでしょうか?
A:そういう打ち上げも出てくると思っています。コンステレーションのお客さまは、できるだけたくさんの衛星を積んでほしいという要求をするので、そうなると大きなフェアリング(L(Long)やW(Wide))の中に、いかにたくさん衛星を積み重ねて入れるか、工夫しなければならないところです。
Q(鳥嶋):H-IIAの高度化(ロングコーストGTO打ち上げ対応)では、「はやぶさ2」の打ち上げで、実証を兼ねて実際にこの打ち方が使用されました。今回、ロングコーストのデータ取得が成功すれば、H3で惑星探査機を打ち上げられる実証にもなるということなのでしょうか?
A:実は現状のままでも惑星探査機の打ち上げには十分使えます。火星衛星探査計画(MMX)」もこのまま(ロングコーストせずに)打ちます。
ただ、将来的に第2段の液水タンクを銀色に塗って蒸発量を抑えるとか、そういう工夫もやりたいなという思いもありますが、実際の計画にはまだなっていないので、今後の話ですね。
Q:ロングコーストのデータ取得はどれくらいまでかかるのでしょうか?また、衛星が静止軌道に到達するにはどれくらいかかるのでしょうか?
A:ロングコーストのデータ取得は今日(4日)の21時くらいまでかかりますね。
衛星はもっと時間がかかって、「きらめき3号」がどうかは存じませんが、一般的には液体推進系を使うので、遠地点で吹いて近地点を上げるということを3~4回くらいやります。
昔の静止衛星は、固体のアポジモーターでだいたい1発で、静止ドリフト軌道に入れてたんですよね。液体推進系は、推力があまり大きくないので、何回かに分けて近地点を上げていくことになります。
フェアリングのJAXAロゴ、MLのマストの号機の数字……
Q:今回(4号機)のフェアリングに「JAXA」のロゴが入っていませんでしたが、なにか理由はあるのでしょうか?
A:目ざといですね(笑)。私も伝聞ですが、何かすごく大きな意味があるかというと、あまりないらしいです。
実は、お客さま(防衛省)が、自分たちのロゴをつけないとおっしゃったんですね。じゃあ、JAXAのロゴだけ入れるかというと、それも違うよね、という話になり、今回はつけなかったと聞いています。
Q:H-IIAではMLのマストに、「H-IIA F○○」と号機の番号が書かれていますが、H3では書かれてないのはなぜなのでしょうか?
A:これはある人が「もうやめよう」と。「もうこれからは、とにかくバンバン打っていくんだから、『何号機』とかじゃないだろう」と言って決めました。
私は最初、「目で見て(何号機か)わかったほうがいいのでは」と思ったのですが、「いや、もうそんな時代じゃないよ、H3はそんな(一つひとつ数えるような)のを目指すんじゃないでしょう」と言われて、「そうですね」と納得しました。
Q:今回、打ち上げ準備作業の時間が約1時間短縮されましたが、実際にやってみていかがでしたか。また、今後さらに短くできるのでしょうか?
A:今後もそうしていきたいなと思っています。今回、機体移動の開始時間が遅れたり、第2回GO/NOGO判断が遅れたりしましたが、あらかじめ決めていた全体のスケジュールの中でやり切れたので、自信をつけたところです。
今後、もちろんできる限り短くできればいいのでしょうが、もう少し運用を積み重ねて見極めていく必要があると思います。現状では、今日くらいの時間が身の丈に合っているのではないかと思います。
――取材側としても、機体移動から打ち上げまでの時間があまり短くなってしまうと、寝る時間がなくなってしまうので……(笑)
なるほど!じゃあ、あまり短くしないほうがいい?(笑)
――機体移動も、日の出ているうちにやってもらえたら(取材しやすくて)ありがたいです(笑)
昔、H-IIBのときは打ち上げの24時間前に機体移動したり、3日間くらい機体を外に出していたりしましたね。でも、それをやっているとなかなか商売にならないので、方向性としては、だんだん準備の時間を短くしていくことになると思います。記者や見に来られている皆さんには申し訳ないですけれども(笑)