H3ロケット4号機、ここに注目(その2)―将来を見据えた布石で「よりお客さまに優しく、メニューの多いロケットに」
将来を見据えた「ロングコースト」への布石
H3ロケット4号機は、「きらめき3号」を分離したあと、もうひとつ重要なミッションに挑む。それが「ロングコーストミッションを見据えたデータ取得」である。
前述のように、静止衛星を打ち上げる場合、ロケットで衛星を静止軌道に直接投入することは難しいため、GTOに投入することが多い。ただ、一言でGTOといっても、さまざまな種類がある。
いわゆる"通常のGTO"と呼ばれるのは、近地点高度(地球に最も近い点)が数百km、遠地点高度(地球から最も遠い点)が静止軌道と同じ約3万6000kmという、とても長い楕円の軌道である。この軌道に投入された衛星は、遠地点のところで自身のエンジンを噴射して、近地点高度を徐々に約3万6000kmまで上げて、静止軌道に入る。
ただ、この通常のGTOにも大きく2つの種類がある。一つ目は赤道直下から打ち上げた場合に入ることができるGTOで、この場合の軌道傾斜角(赤道面からの軌道の傾き)はほぼ0度になる。静止軌道の軌道傾斜角も0度なので、すなわち衛星はただ高度だけ上げれば、簡単に静止軌道に入ることができる。欧州のアリアン・ロケットは、ほぼ赤道直下の南米仏領ギアナから打ち上げるため、このGTOに入ることができる。
一方、北緯が約30度と高い種子島から打ち上げた場合には、少しやっかいなことになる。この場合、まっすぐGTOに向かうと、軌道傾斜角も30度ほど(正確には28.5度)になってしまう。そのため、衛星は高度を上げると同時に、軌道傾斜角も0度に向けて変えねばならず、とても多くのエネルギーが必要になる。
より詳しく数字で示すと、軌道傾斜角が0度のGTOから静止軌道へ入るのに必要な増速量は約1500m/sとなる一方、軌道傾斜角が28.5度のGTOからだと約1800m/sも必要になる。この差は、衛星の運用寿命の数年分に相当する。つまり、同じ衛星を打ち上げた場合、日本のロケットを使うと、アリアンで打ち上げた場合と比べ、衛星を運用できる期間が短くなってしまうため、商業打ち上げにおいて、大きく不利になっていた。
そこでJAXAなどが開発したのが、「ロングコースト」という技術である。ロケットの打ち上げ後、まず通常のGTOに入るものの、すぐに衛星を分離せず、そのまま長時間慣性飛行(=ロングコースト)する。そして、高度約3万6000kmの遠地点に到達したところで、ロケットのエンジンを噴射し、軌道傾斜角を20度まで減らすとともに、近地点高度を上げ、そのあとで衛星を分離する。
これにより、衛星をロングコーストGTOという「静止軌道により近い軌道」まで運ぶことができる、言葉を変えれば、これまで衛星が負担していた増速量をロケット側が少し肩代わりすることができる。
この技術はもともと、H-IIAロケットの「高度化プロジェクト」として開発され、2015年11月の29号機で使用された実績がある。将来的にH3でもロングコーストGTOへの打ち上げができるようにするため、今回の打ち上げで必要なデータ取得が行われることになった。
ロングコーストGTOへの打ち上げの肝となるのが、ロケットを長時間(約5時間)、高真空で、太陽光を直接浴び続ける環境の中で慣性飛行させたうえで、エンジンに再々着火(3回目の着火)する技術である。
このため、今回の打ち上げでは、ロングコースト中の第2段タンクや配管の中の推進薬(液体水素と液体酸素)がどういう状態にあるのか、エンジンを再々着火できる状態にあるのかを調べるため、温度や圧力などのデータを取る。実施にあたっては、事前に解析なども行っているものの、実際の宇宙空間でどうなるかというデータを取ることで、その解析の確からしさを確認していく。
なお、今回はエンジンへの再々着火は行わないという。
また、ロングコーストGTOではロケットも高度約3万6000kmまで、約5時間かけて飛行するため、ロケット機体にはハイゲイン(高利得)アンテナなど、いくつか専用機器が搭載される。ただ、バッテリーに関しては、もともと十分な容量のもの搭載しているという。
H3で実際にロングコースト・ミッションを行うのは、2025年度に予定している「技術試験衛星9号機(ETS-9)」の打ち上げになる。それに向けて、技術や機体を確実に仕上げるため、今回のデータ取得は非常に重要なものとなる。
JAXAでH3プロジェクト・マネージャーを務める有田誠さんは「ロングコーストにより、衛星が消費する燃料を減らし、寿命を延ばしてあげることができる。よりお客さまに優しいロケットになれる」と、その意義を強調する。
また、三菱重工でH3のプロジェクト・マネージャーを務める志村康治さんは「衛星側が静止軌道に入るまでの燃料を節約できるメリットは大きい。また、最近は電気推進の衛星が増えており、静止軌道に到達するまで時間がかかるため、その点でもロケットで静止軌道により近い軌道に投入する効果は大きい」と説明する。
他国のロケットとの比較では、「米国のスペースXはあまりロングコーストをやらず、通常のGTOへの打ち上げが多い(*1)が、その分低価格で大きな優位性がある。それに対して私たちは、お客さまに通常のGTOへの打ち上げも、ロングコーストGTOへの打ち上げもできる』とアピールができること、いわば複数のメニューを用意できることが大きな利点となる」と語った。
*1:スペースXも、静止衛星を積んだロケットは緯度が高いフロリダ州から打ち上げているため、通常は種子島と同じように衛星側の負担が大きいGTOへの打ち上げとなる
フレーム・ディフレクター冷却用の注水設備の変更
今回は、ロケットの機体だけでなく、発射設備にも大きな変更が加えられている。
発射台の下には、フレーム・ディフレクター(flame deflector)という、ロケットエンジンの噴射ガスの向きを変えるための巨大な溝が設置されている。噴射ガスが直接地面に当たると、その跳ね返りや、石や砂が飛び散ることで、ロケットや発射設備にダメージを与える恐れがある。また、噴射時の轟音がロケットや衛星に悪影響を及ぼす可能性もある。
このため、フレーム・ディフレクターを設け、噴射ガスを溝に沿って外へ逃がすことで、ロケットや設備に直接当たらないようにしている。
しかし、フレーム・ディフレクターは高温の噴射ガスにさらされるため、単に溝を掘るだけではすぐに損傷してしまう。そのため、耐火性のコンクリートで壁を覆い、打ち上げ直前には大量の水を撒いてディフレクターを保護している。
3号機までは、この注水システムに軽油で駆動するガスタービン・ポンプを使用していたが、性能は高いものの構造が複雑で、過去に不具合が発生したこともあったという。
そこで、今回新たに採用されたのが、「ブローダウン」方式の注水設備である。この方式は、タンク内の水を窒素ガスで圧力をかけて送り出すというシンプルな構造であり、バルブを開くだけで水が流れるため、運用の確実性が向上している。
ただし、タンクの容量に限りがあるため、従来のガスタービン・ポンプ方式と比較すると注水量は少なくなる。そのため、注水の開始タイミングがこれまでより20秒ほど遅くなり、打ち上げ53秒前(X-53)から32秒前に変更されている。
打ち上げの生中継では「フレーム・ディフレクター冷却開始」というアナウンスがあるため、3号機と今回の打ち上げを見比べることで、この違いが確認できるだろう。
打ち上げ準備作業の時間短縮
そして、4号機では打ち上げ準備作業にかかる時間の短縮も図られる。
3号機では、打ち上げ前日の15時から機体移動の準備を始め、実際に打ち上げられたのは12時過ぎだったため、すなわち約21時間かかっていた。試験機1号機、2号機では、余裕を見てもう少し長く設定されていたものの、おおむね同じだった。
一方4号機では、打ち上げ前日の21時から機体移動の準備を始め、打ち上げは15時48分の予定なので、約19時間ほどと短くなっている。
有田さんは「3号機の打ち上げまでで準備作業、とくに機体に推進薬を充填するプロセスがかなり安定してきたため、打ち上げの前日の準備作業から打ち上げまでの時間を短縮することができた」と説明した。