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イーロン・マスク氏の「国際宇宙ステーションは2年後に処分すべき」発言から見えるもの
「国際宇宙ステーションは無用」
イーロン・マスク氏がふたたび大胆な提案を投じました。2025年2月21日(日本時間)、Xで次のように発言しました。
It is time to begin preparations for deorbiting the @Space_Station.
— Elon Musk (@elonmusk) February 20, 2025
It has served its purpose. There is very little incremental utility.
Let’s go to Mars.
国際宇宙ステーションを軌道離脱させる準備を始める時が来た。もう目的は達成された。これ以上、有用性はほとんどない。火星へ行こう。
これに対して、米国の宇宙ジャーナリストであるエリック・バーガー(Eric Berger)氏が詳細を尋ねたところ、「決定権は大統領にあるが、できるだけ早く実行すべきだ。2年後(の軌道離脱)が望ましいと考えている」と返しています。
ISSの現状を少し整理してみましょう。米国、ロシア、欧州、日本、カナダが共同で運用するISSは、現在2030年までの運用が予定されています(ロシアは2028年までの参加に同意しており、その後は自国のモジュールを独立させる可能性が囁かれています)。
そして2031年初頭に、イーロン・マスク氏率いるスペースXが開発する「米国軌道離脱機(U.S. Deorbit Vehicle)」を使い、ISSを軌道から離脱させ、南太平洋にあるポイント・ネモ(別名「宇宙機の墓場」)に、安全に落下させ、処分することになっています。
今回のマスク氏の発言は、このISSの軌道離脱を大幅に前倒しするというものです。その目的は、「火星へ行こう」という言葉にも表れているように、ISSに費やされている予算を、有人火星探査のために振り向けることにあるのでしょう。
実現の可能性は
マスク氏がこのような発言をしたからには、実現可能だという手応えがあると考えられます。
前回も触れたように、マスク氏の発言は、一見突飛に見えても、基本的に技術的な裏付けがある場合が多く、宇宙船の打ち上げ前倒しの件も、技術的に可能という裏付けがあってのことでした。
前述のように、ISSの軌道離脱機はスペースXが開発することになっています。軌道離脱機は、現在運用中のクルー・ドラゴン宇宙船を改造し、燃料搭載量とスラスターを強化することで造られます。
現在のNASAの計画では、2030年に軌道離脱機を打ち上げ、ISSにドッキングして、2031年初頭に軌道離脱を行う予定になっていますが、これはあくまで、ISSを2030年まで運用するという前提に基づいた計画です。そのため、軌道離脱機の開発や打ち上げを前倒しすることは可能なのかもしれません。
たしかに、月や火星といった未知の世界へ赴くのに比べ、ISSはその特性が十分にわかっており、さらに既存の宇宙船の改造であれば、比較的開発のハードルは低いと考えられます。また、クルー・ドラゴンはまもなく新造機の製造が終わり、あとは再使用して運用するための整備のみとなるため、それによって余剰となる技術者や設備などのリソースを、軌道離脱機の開発に充てられるという背景もあるでしょう。
前倒しを実施する場合には、追加の予算も必要になりますが、今後、他のNASAのプロジェクトを削るなどして捻出できるという算段があるのかもしれません。ただし、ISSを支援、また関連している議員は多いため、議会の承認を通るかは不明です。
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影響
一方で、ISSが2027年で運用を終えた場合には、大きな影響を及ぼす可能性があります。
マスク氏は「もう目的は達成された。これ以上、有用性はほとんどない」と述べていますが、米国をはじめとする参加各国は、ISSを舞台に多彩な科学実験や技術実証の計画を進めています。それらが中止に追い込まれれば、宇宙での研究が大きく停滞する恐れがあります。
とくに、ISSでは宇宙環境が人体に与える影響の研究も行われていますが、これは将来の長期の宇宙ミッション、すなわちマスク氏が目指す有人火星探査などにも役立つものであるため、それを打ち切るのは自分で自分の首を絞めるようなものです(もっとも、マスク氏は「とにかく火星へ行け、何かあったらそのときに対応すればよい」という考えなのかもしれませんが)。
また現在、ISSの後継機として、NASAの支援を受けて民間企業による商業宇宙ステーションの開発が進行中です。ブルー・オリジンやアクシアム・スペースなどの企業は、2020年代後半の運用開始を目指しており、2030年に引退するISSからの円滑な移行が計画されています。しかし、もしISSが2027年に引退となれば、その移行も困難になります。
くわえて、商業宇宙ステーションの開発は以前から遅れが指摘されており、そもそもISSが2030年まで運用されたとしても、円滑な移行が難しいのでは、という指摘も出ていました。
マスク氏がこうした商業宇宙ステーションについてはどう考えているのか、たとえば商業宇宙ステーションも計画を前倒しするのか、そもそも不要と考えているのかは、現時点では不明です。
一方、もしマスク氏の提案に妥当性があるとすれば、ISSの老朽化が挙げられます。ISSは1998年から建設が始まり、四半世紀以上が経過していることから、近年ではロシア側モジュールで空気漏れなどの不具合が出てきており、安全性への懸念が高まっています。このため、早期に運用を終えるという提案には一理あると言えるでしょう。
なお、NASAの調査では、米国、欧州、日本のモジュールは2030年以降も健全性を保てるとされており、たとえばロシア側モジュールを切り離して、西側モジュールのみで運用を続けることも可能とされています(ロシアが2028年以降に自国のモジュールを独立させる計画もこれに関連します)。
とはいえ、分離作業の複雑さや、ロシア抜きで運用する際の負担増を考慮すると、そのタイミングでISSを処分するという選択肢は、十分に理解できるものです。
中国との宇宙開発競争をどう見ているか
もうひとつ注意したいのは、トランプ氏とマスク氏が、中国の存在をどう見ているかです。
中国は2022年に、独自の宇宙ステーション「CSS(Chinese Space Station)」を完成させ、3人の宇宙飛行士が常駐しています。もしISSが2027年で運用を終えてしまえば、CSSが低軌道唯一の有人拠点となり、国際的な宇宙実験の中心として存在感を高めることになるでしょう。
マスク氏がそれに気付いていないとは考えられないわけですが、気にしていないのか、何らかのプランがあるのかは不明です。
こうした、中国の存在を無視しているかのような傾向は、月探査をめぐってもみられます。既報のとおり、トランプ氏は今年1月の就任演説で、米国人宇宙飛行士を火星に送ることを表明し、それに先立ちマスク氏は、「国際有人月探査計画『アルテミス』は極めて非効率的だ」、「私たちはまっすぐ火星へ行く。月は邪魔だ」と発言しており、アルテミス計画は中止され、有人火星探査に注力するのではとの声も聞かれました。
ただ、この発言を聞いたとき、私は「さすがに中止はないのでは」と考えていました。と言うのも、中国が早ければ2028年にも有人月周回飛行を実施し、2030年までに宇宙飛行士を月面に送り込む計画を明らかにしているからです。つまり、米国が火星に行こうと準備をしている最中に、中国の宇宙飛行士が月面に降り立つ可能性があるわけです。
その状況を、トランプ大統領とその支持者が納得するとは考えにくいため、アルテミス計画は縮小しながらも続けられ、少なくとも中国より先に月へ到達することを目指すだろう、というのが私の見解でした。
しかし、トランプ氏とマスク氏とが、宇宙ステーションという地球低軌道での大きなプレゼンスを放棄し、むざむざと中国に明け渡すというのであれば、有人月探査に関しても同じことが行う可能性が出てくる、すなわちマスク氏の「私たちはまっすぐ火星へ行く。月は邪魔だ」という発言が、俄然現実味を帯びてくることになります。
トランプ政権が、有人火星探査という長期的な"勝利"のために、有人月着陸と宇宙ステーションの分野での短期的な"敗北"を受け入れるかどうかは、トランプ政権の対中政策とも深く結びつく話です。マスク氏はやや親中派として知られる一方で、トランプ政権自体は基本的に対中強硬派とされるため、常識的にはこの選択肢は考えにくいと言えます。
しかし、彼らの予測困難な動きを考慮すると、結論を安易に下すことはできません。月並みな言い方かもしれませんが、今後の動向を慎重に注視していきたいと考えています。
トップ画像 (C) NASA
参考文献
NASA Selects International Space Station US Deorbit Vehicle - NASA
https://www.nasa.gov/news-release/nasa-selects-international-space-station-us-deorbit-vehicle/
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