
エッセイ|第37話 Annie's Garden 早春の約束2
部屋を求めて遠く出張ってきたのに収穫のない一日。代わりに詰まっているのは、止まることを知らぬ勢いだった見知らぬおばあさんの昔話。それだけ聞くとうんざりするような出来事だ。
けれどそうではなかった。私たちの間に流れた時間をどう表現すればいいだろう。それは一方的なようで、ただただ優しくて温かい時間だった。
薄ら寒い朝の道で、柵の向こうを見つめる私はどんな顔をしていたのだろう。けれど夕方の光の中、私は自分が住みたいと思えた街にいる、素敵な人の存在に心から満足していた。アニーばあちゃん。もう「おばあさん」なんて他人行儀な呼び方はできない。
「この街に来るんだろう?」
「いい部屋が見つかったらね」
「そうかい、楽しみに待ってるよ」
小さな体からあふれる熱に包まれればなんとも幸せな気分だった。私は別れを惜しみつつ部屋を後にする。たった半日、けれどそれはこれまで味わったことのないような半日だった。
一見シンプルなのに、実は信じられないような量のあれこれが落とし込まれ、混ざり合い、一つになってできたスープのような時間。私は人の縁の不思議さを噛み締めた。もうすぐこの街に戻ってこられるのだと思うと、約束なんかないのに心が弾むようだった。
でもそれは叶わぬ夢となる。部屋探しは苦戦を強いられたのだ。やがて時間切れとなり、私は他の地区の物件にサインした。
もっと南、コニーアイランド寄りの大きなラティーノコミュニティーに引っ越した私はそれから多忙な毎日を送り、コンポスト活動に顔を出す暇はなかった。そして気がつけばロングアイランドの奥へと移り住み、あの早春の庭からとんでもなく長い時間が経ってしまった。
あの日、大統領と一緒に笑っているばあちゃんの写真が、質素な柱に小さなピンで無造作に止めてあった。驚いて振り返れば、彼女は大げさに肩をすくめて見せた。
「若いネイバー(近所に住むみんな)たちが頑張ってくれるから、あちこちで褒められるんだよ。私じゃないよ、あの子たちだよ。ほら、コンポストの箱を手作りしてくれたって言っただろう? こういう時は、あの子たちが行けばいいのに、まったく」
→ Annie's Garden 早春の約束3(最終回) に続く
https://note.com/ccielblue18/n/n3f14af1f9471
→ Annie's Garden 早春の約束1 はこちら
https://note.com/ccielblue18/n/nbde0792e2b5b