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エッセイ|第35話 くるみボタンの陰影

初めて彼女に会ったのは古い民家を改装したギャラリーでのレセプションパーティーだった。ふわふわウェーブのロングヘアーにベロアのクラシックなロングワンピース、袖口にも胸元にもびっしりと小さなくるみボタンが並んでいた。お人形さんのように可愛らしい人だった。

その後、何度か顔を合わす機会があって、彼女のドレスやご主人のシャツは全て彼女の手によるものだと知った。どれもこれもくるみボタンが印象的なもの。その良さを間近に見られて嬉しくなる。

さらに、実は大の恐竜好きだということも知った。「ジェラシックパーク好きなのよね。特に恐竜が恐竜を『喰う』シーン。滴る血がいいの!」そう言って笑った彼女はずいと身を乗り出し、そのシーンについて熱く語ってくれた。

可愛い唇から出る言葉とは思えない数々。けれど私は驚きつつもなんとも言えない感慨を覚えていた。どこかで深く納得する自分がいた。美しいものを作る裏側というか、根本というか、残酷さの向こうにある神秘を見たというか……。

そんな彼女が亡くなったと聞いたのはそれから数年後だ。あまりに早すぎた。私はすでに遠く離れたところに住んでいて、特に親しくやり取りをしていたわけではなかったので、その悲報はまさに青天の霹靂だった。

言葉がなかった。ただただ寂しかった。人には命の期限があって、早かれ遅かれ誰の上にも訪れるとわかっていても、もう一度会いたいと思う人にもう二度と会えないのはやはり寂しい。

けれど小さな喜びは消えない。私はあれ以来くるみボタンが好きだ。ソーイングは趣味だから感化されてすぐにブラウスに取り入れた。ボタン作りは単純だけど時間がかかる作業。小さくなればなるほど難しい。そんな時、決まって脳裏に浮かぶのは彼女の小さくて綺麗なボタンだった。

あの夜、照明を絞ったギャラリー内は幻想的で、古き良き絵画のようなワンピースの美しさが際立っていた。あんな一枚を作りたい、そう思った。ベロアはリネンになるかもしれないし、無地は花柄かもしれない。でも、共布の小さなくるみボタンがびっしりついた素敵なワンピースだ。彼女との時間を一つ一つ丁寧に包んで、いつかそれを必ず作ろうと思う。



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