French Quarter, New Orleans 午後のカフェにて 9 イデ クララ ユカ 2019年10月19日 21:15 夢か現か、現か夢か。一人の午後にふと想う。ニューオリンズ、フレンチクォーター。この街のエキゾチズムには惹かれるものがある。シャビーシックなあれこれもたまらない。そんな私に大学時代の親友がヴァンパイア・クロニクルズ全巻をプレゼントしてくれたのはもう10年以上前のことだ。私の好きな本なの。あなたにも読んでもらいたいの。ニューオリンズが舞台なのよ。そう言って彼女は真っ赤に塗った唇で鮮やかに笑った。 南部らしい瑞々しさとカラフルさが、一枚セピアをまとうかのごとく色褪せて、アンニュイなヨーロッパの香りを漂わせる街。そこにヴァンパイアか、、、悪くない。元々ヴァンパイアに少なからず好意的だった私は本を片手に夢想する。フレンチクォーターのヴァンパイアはきっと昼の光の中にも生息するだろう。あの街の光と影の中を自由に歩き回るはず。それは手の届かない夜という束縛を超えて、彼をより近くに感じる瞬間だった。 誕生日の少し前、私はフレンチクォーターにいた。もうすぐ夕方という時間、街角でガイドを先頭にしたミステリーツアーグループと出くわした。すれ違い際、言葉ではいいあらわせられないくらい、セクシーで美しいウィンクを私に投げてよこしたそのガイドは、連れている観光客たちがみな汗を流していると言うのに、きっちりと着込んだ白い衿の印象的なヴァンパイアだった。白い頬は涼しげで、長い黒髪がとてもきれいだった。 よくできたコスプレだ。けれど「もしかして」と思うほどの存在感に私は想う。うん、そうだ、彼はきっと今を生きるヴァンパイなのだろう。光をものともしない、この街の影の支配者。ああ、心ときめく相手に、憧れの街角で出くわすとか、物語の一ページのようじゃないか。そんなニューオリンズに行ったのが先だったのか、本をもらったのが先だったのか。ばたばたと忙しくなって読書は頓挫してしまったものの、とにかくあれこれ絡まって時間が経った結果、私の中でヴァンパイアとニューオリンズはしっかりと結びついた。 クレープマートル・サルスベリが揺れる街角。私はフレンチ・クォーターで見るその花が大好きだ。あの色にはあの街の人が似合うと思っていたけれど、訪れてまた、その思いは深まった。そして今では誰よりも似合う人を知っている。甘さをはらんだ花影の下でそっとその人の手を握ったら、やっぱりひんやりと冷たいだろうか。読み終わっていない本を引っ張り出してその続きをめくれば、香り高いカフェのざわめきが押し寄せてきた。影の支配者は今日も今日とて麗しい。私は彼を午後のお茶に誘う。握り返されたその手の冷たさがなんとも心地よかった。 いいなと思ったら応援しよう! サポートありがとうございます。重病に苦しむ子供たちの英国の慈善団体Roald Dahl’s Marvellous Children’s Charityに売り上げが寄付されるバラ、ロアルド・ダールを買わせていただきたいと思います。 チップで応援する #エッセイ #写真 #読書 #旅 #アメリカ #ヴァンパイア #フレンチクォーター 9