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【笑ってくれないあさひくん】 #24


勇太の過去 7


 長いお休みが終わって、明日は 会社を "半休" した『お父さん』と新しい幼稚園に行くことになった。半休って何だろう。
 前の幼稚園は好きなお洋服で行っていたけど、新しい幼稚園は制服で行くから幼稚園に行くときは毎日これを着てね、って寝る前に言われた。
 制服は毎日同じお洋服で幼稚園に行くこと、だって。


「新しい幼稚園には少ししか通えないけど、お友だちいっぱいできるといいね」
「うん」
「前の幼稚園では、お義母さ……おばあちゃんが幼稚園に行く準備してくれたのかな?」
「僕が、自分でしてた」
「そっか。じゃあ、新しい幼稚園でも自分で出来る?」
「うん」
「明日は早いからもう寝なさい」


 『お父さん』がこの時間に起きるように、と目覚ましをセットして「おやすみ」と部屋を出る。
 僕は静かに起き上がって、クローゼットの中を見る。新しい幼稚園で着る制服、リュック、お道具箱、歯磨きセット、全部が新しくて、そして下の方には【あさくら ゆうた】のシールが貼ってあった。

 前の幼稚園で使ってたお道具箱は、じいちゃんとばあちゃんの字でお名前が書いてあって、文字が消えて【さくら うた】になっていたことがある。それを見たお友だちが「さくらのうたくんだ~」「さくらのうた歌ってよ」と意地悪を言う。
 そのことをばあちゃんに話したら、お家のお庭にある大きい木を指さして、「これはね、勇太のお母さんが小学生の頃に植えた桜の木なんよ。ばあちゃん、この木が一番好き。桜の木も、桜のお歌も大好き」と桜の歌を何個か歌ってくれた。
 そしてお休みに入ると、消えた文字を新しく書き直して、文字が消えないようにその上から透明のテープを貼って、「これでもう消えん」と見せてくれた。

 春になると、大きな桜の木の下で、じいちゃんとばあちゃんと三人でお弁当を広げて食べた。
 次、春がくるのはいつだろう。
 春がきたら、じいちゃんと一緒に暮らせるかな。また桜の木の下でお弁当食べたいなぁ。


 新しい幼稚園が終わると、幼稚園のバスに乗ってお家に帰る。バスに乗ったのは初めてだから緊張した。バスを降りるとき、先生に「お家の人がいるんだよね?」って聞かれたから「うん」ってそのままさようならをしたけど、お家には誰もいない。
 本当は『お父さん』か『お母さん』のお迎えがないとお家に帰れないけど、僕が預かり保育したくない、ひとりでお家に帰れるって『お父さん』に言ったから、『お父さん』が幼稚園の先生に「仕事が忙しくて迎えには行けないけど、ちゃんと家にはいます」ってお話していたのを聞いた。『お父さん』にも同じことを言われた。もしお家に誰もいないことが分かったら、預かり保育になるからね、って。
 前の幼稚園ではいつもばあちゃんが迎えにきてくれたから預かり保育したことなかったけど、『お父さん』たちはいつも夜遅い時間に帰ってくる。僕が眠っているときに。
 いまの僕はひとりでお留守番できるし、マンションのドアもひとりで開けられるから、「だいじょうぶ」って言った。
 本当は、大丈夫かな?ってちょっと心配だけど。


「お、坊主、今日から幼稚園か?」
「おじちゃん!」
「どうだった?友だちできたか?」
「わかんない。でも、いじわるされなかった」
「そうか。父ちゃんと母ちゃんは?仕事か?」
「うん」
「ソフトクリーム食いに行くか?」
「うん!」


 おじちゃんと一緒にソフトクリームを食べて、少しお話ししてからお家に戻ったら、僕の携帯に電話がきたけど、漢字が書いてあって読めない。僕はまだひらがなしか読めないから。
 ばあちゃんは知らない番号の電話は取ったらいかん、って言っていたけど……ドキドキしながら電話に出てみる。


「もしもし」
「勇太か?」
「うん。じいちゃん?」
「じいちゃんだよ」
「なんて書いてあるの?」
「何だ?」
「じいちゃんの携帯って書いてあるの?」
「……じいちゃん携帯持ってないき、病院の公衆電話からかけてるよ」
「あ、病院の電話って書いてあるのかぁ。漢字で書いてあるから読めなかった」
「元気か?」
「元気だよ。今日、新しい幼稚園に行った」
「どうだった?」
「ん~、まだわかんない」
「友だち出来たか?」
「まだできてない、でもね、おじちゃんと仲良しだよ」
「おじちゃん?誰だ?先生か?」
「ううん、マンションのお掃除をしている人。カツ丼食べに行って、今日はソフトクリーム食べた。じいちゃん、カツ丼食べたことある?」
「あるよ。美味かったか?」
「うん、じいちゃんも美味しかった?」
「美味しかったよ」
「じいちゃん、僕の顔、覚えてる?」
「もちろん。覚えとる。どうした?何か言われたか?」
「会わないとお顔忘れるって。おじちゃんはね、おじちゃんの子どものお顔忘れちゃったんだって」
「覚えとる。ちゃ~んと覚えとる。じいちゃんな、病院のテーブルにばあちゃんと勇太の写真置いてな、毎日、今日も勇太が元気に過ごせますように、って手合わせとる。勇太のお顔、毎日見とるから忘れんよ」
「うん、じいちゃん、いつ会えるの?いつお泊まり終わるの?」
「いつやろなぁ、」
「僕、じいちゃんのお顔忘れちゃうよ」
「そうかぁ。なら、次の長いお休みにじいちゃんとこおいで。じいちゃんがお父さんとお母さんにお願いするから」
「本当に?!絶対!?絶対絶対ぜ~~~ったい!??」
「お母さんたちがいいよ、言うたら」
「次のお休みっていつ?何月?」
「いま夏やき、冬になったら。寒くなったら」


 じいちゃんに会えるんだ。
 今は夏だから、冬になったら。寒くなったら。


「僕、ひとりでも会いに行けるよ。だって、マンションのドアもひとりで開けられるから」
「危ないから、お母さんたちと来ぃ」
「うん。冬になったら、病院のお泊まり終わるの?」
「どぉやろなぁ、」
「もうそればっかり。あ、じいちゃん、僕ね、幼稚園終わったら、小学校に行くんだって。お友だちが、ランドセル何色にするの、だって」
「そやなぁ、早いなぁ。勇太は何色がいいか決まっとるんけ?」
「僕はね、えっと、青にする。だってかっこいいから」
「そしたら、そのときランドセル買いに行こか」
「本当!?やった~!」


 「色決めときよ」「そろそろご飯の時間け、また電話するよ」というじいちゃんとバイバイする前に「この電話だったら、いつでもじいちゃんと電話できるの?」って聞いたら「勇太からかけても繋がらんき、またじいちゃんから電話するよ」とバイバイした。

 まだお話していたかったけど、でも、じいちゃんと会えるから。冬になったら、じいちゃんとランドセル買いに行くから。楽しみ。
 早くじいちゃんに会いたい。

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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。

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