【笑ってくれないあさひくん】 #14
「いらっしゃいませ。サブさん、こんにちは」
「柚ちゃんヤッホ〜。いつものくださいな」
「は~い。サブさん、昨日、家でパウンドケーキ作ってきたんだけど食べる?」
「食べる食べる~♪」
ほぼ毎日いるであろう常連のサブさん。
喫茶店の目の前にある古本屋の店主で、ここのオーナーのてるさん、八百屋のブタさんととっても仲良し。
初めて会ったとき、てるさんとブタさんはニコニコしながら話しかけてくれるけど、サブさんはずっと怖い顔をして黙ってコーヒーを飲んでいて、この人はとても怖い人なんだ、と子どもながら思っていた。
何回か会う内に、ただの強面で、ただの人見知りだったと分かるようになったけど。
慣れたら、ただのおちゃめなおじいちゃんになる。
「てるさんは?」
「ハルの散歩。そろそろ戻ってくるはず」
「おうちの人いないの?」
「パパの出張にママもついて行ったの。明日には帰ってくるよ」
「やあね、こんなビューチフルな女の子を置いて行くだなんて」
「凪もいるし、ハルもいるから大丈夫だよ。それになんかあさひくんまでいる」
パパは出張が多く、いつも国内外あちこちに飛び回っていて、たまにママもついて行ってる。
わたしたちを置いて。
小学生の頃は隣のあさひくんの家にお泊まりしていたけど、中学生になってからは姉弟(+ハル)だけでお留守番するように。「もう二人でお留守番できるよね♪」とウインクするママ。パパとママのラブラブっぷりに、好きなようにしてくれ、と呆れる姉弟(+ハル)。
最初は、あさひくんの家でご飯を食べてから家に戻る、そんな感じだったけど、わたしが家事を覚えてからはいつの間にか兄弟(+ハル)だけで留守番するようになった……つもりだったけど、うちのママよりかなちゃんの方が気にかけてくれて、おかずを届けてくれたり、「大丈夫?」と連絡をくれたり。
なんだかんだあって最終的に、あさひくんが泊まりに来ることで落ち着いた。
「何かあったらあさひを犠牲にして逃げてきな!」というお達し付きで。ありがたくそうしてもらう。
サブさんと二人で話をしていると、てるさんとハルが帰ってきた。ハル、すっごく満足そう。
てるさんの厚意に甘えて、わたしがシフトに入っているとき+家に誰もいないときはハルも一緒に出勤させてもらっている。
営業中、ハルは陽が入る窓辺で大人しくお昼寝。
暇なときはてるさんと一緒に周辺をお散歩。
お散歩中にわたしがまだつくれないコーヒーや料理の注文が入ったときは、出入り口のドアから「てるさ~ん、注文入ったよ~」と叫ぶ。そうすると三分以内には戻ってくる。
ここでしか働いたことないけど、まぁゆるい職場だと思う。
「あら、サブさん。お店は?」
「陸坊が店番。ふら~っと店に来て『じっちゃん、俺が店番すっからコーヒー飲んできな』って追い出されちゃったよ」
「いいじゃない、お互い優秀な助手が居て。ねぇ、柚ちゃん」
「陸兄、本読みたいだけだと思うよ」
「それでもいいのよ。そうだ、柚ちゃん、ちょっと多めにコーヒー淹れるから陸坊に届けてやって」
「は~い」
ジジギャルの三人は、陸兄のことを陸坊と呼ぶ。
なんで陸坊?と聞いたら「なんでだろうねぇ」「いつの間にか陸坊だったもんねぇ」と曖昧な回答しかもらえなかった。
当の本人も気にしていないどころか、三人のお店に行くたびに「陸坊が来たで〜」なんて自分で言うもんだから、意外と気に入っているのかも。
コーヒーを入れたタンブラー、ラップに包んだパウンドケーキを持って、向かいのサブさんのお店へ。
入り口からサブさんと陸兄の定位置(レジ)を覗いても、陸兄おらず。
あれ、サボってどこか行ったのかな~なんて思っていると、店の奥からサッササッサと軽快な物音がする。
恐る恐る店の中に入って音がする方に近づくと……なんと陸兄が叩きで本棚を掃除していたのだ。
えっ、陸兄って仕事するの?(心の声)
「えっ、陸兄って仕事するの?」
「っわ、びっくりした、なんだ柚かよ。なんなの~失礼じゃないの~」
「ごめんごめん。てっきり本読んでると思ってたから」
「上の本取ろうとしたらほこり溜まってたから軽くね。じっちゃんも年だからここらへん届かないだろーし、老人を敬ってやろーかと思って」
陸兄って気遣いできるんだ。(心の声)
心の声が漏れないように口元を押さえてたら、「なによ~冷やかしに来たわけ~」とぷんぷんし出したので、小言と仕事を押しつけられる前に「てるさんがコーヒー持ってけって。あと、昨日焼いたパウンドケーキも一緒にレジに置いといたから召し上がれ」とそそくさと逃げてきた。あ、その前に。
「今日、ハルも一緒だよ」と伝えたら、ノールックで「お~、帰り寄るわ」って。
店に戻るとき、窓の外からハルにちょっかいをかけるもお散歩後のご満悦日向ぼっこ中だったので、迷惑そうな顔された。ふん。
「届けてきたよ~。陸兄が仕事してる姿、初めて見た」
「陸坊、いろ~んなことしてくれるのよ。私の前では面倒くさそうにするんだけどね、見えないところで掃除してくれたり本の整理しておいてくれるから、サブさん助かるんだ~」
「柚ちゃん、今日晩ご飯は?」
「凪がそのままここに来ると思うから、一緒に食べようかと思ってる」
「凪くん、部活?」
「うん、練習試合だって」
「じゃあ、てるさんスペシャルの日かしら」
てるさんスペシャルとは、育ち盛り(陸兄、あさひくん、勇太くん、弟たち)が来たときに出すいわば裏メニューで、特盛カレーにてるさん気まぐれの特盛トッピング。+皿洗いでワンコイン。食べきれなかった分は持ち帰り可能。
定食屋さんを開きたかったてるさんは、定食屋の夢をこうして育ち盛りたちで発散させてるらしい。そうと決まれば、なんて張り切って仕込みに入る。
日が暮れる頃、サブさんがそろそろ店を閉める時間だと言って帰っていった。
それから少しして、バイト帰りのあさひくんと勇太くんが来店。今日もうちにお泊まりのあさひくんに【てるさんスペシャル】とだけラインしたから、同じ職場で働いている勇太くんももれなく。
ちーちゃんにも連絡したけど、弟の純也くんがおばあちゃんの家にお泊まりだから夜までバイトなんだ、って返信が来てた。残念。
「てるさん、あさひくんたち来たよ」
「あら、いらっしゃい」
「こんばんは」
「こんばんは。スペシャル食べに来ました」
「お待ちしてました。柚ちゃん、凪くんそろそろ来そう?」
「もう駅着いたって」
「じゃあ、もう盛りつけちゃおうか」
「あさひくんと勇太くん、まかない食べてないの?」
「昼に少しだけ。こいつはいつも通り」
「あら、じゃあ、控えめにしとく?」
「いや、食えます。むしろ食えます」
期待通りの返答、さすが勇太くん。
そして、窓からトントンと音がして目を向けると陸兄が窓越しにハルとご挨拶。ハルは嬉しそうにしっぽを振ってドアまでお出迎え。一緒にサブさんも。
「てるさん、悪いね、私も来ちゃったよ」
「もちろん。陸坊、店番お疲れさま」
「スペシャルと聞きつけて。なんだよ、大集合かよ」
「柚ちゃん、今日はもう店閉めちゃおうか。看板下げてきて~」
「は~い」
只今、店内にお客さんの姿なし。
ドアにかかっているオープンの札をクローズに変えて外にある看板を片付けていると「柚!」と声をかけられる。ちょっと遠くに大荷物の人影、凪だ。少し待って一緒にお店に入る。
「こんばんは」
「あ、ナギナギじゃ~ん」
「陸兄もいたんだ、久しぶり」
「凪くん、いらっしゃい。お腹空いてる?いっぱい食べれそう?」
「食べれます、ペコペコです」
「おにぎり足りなかった?」
「うん。もう一個あってもよかったかも」
「柚ちゃん、盛り付けするからご飯とカレーよそってくれる?」
「は~い」
呼ばれてキッチンに入ると、喫茶店では見たことないどでかい炊飯ジャーに炊き出し用のどでかい鍋に入ったカレー。カウンターに並ぶ人数分の大丼。
いやいや、わたしは無理だ、食べられない、とこっそり普通サイズのお皿に変える。その横からてるさんが「柚ちゃん、私のも」、キッチンの暖簾をかき分けてサブさんが「私のも」と。はい。
よそってもよそっても無くならないご飯とカレーを器に、てるさんが張り切って準備したトッピングをのせる。ハンバーグ、唐揚げ、エビフライ、目玉焼き、たこさんウインナー、厚切りポテト……夢のような丼、地獄のような量。
「足りないかなぁ?」なんて言うてるさん、さすがにやめた方がいいかも、と慌てて止める私。みんなの胃が爆発する。
そして、るんるん♪という効果音を振りまきながら旗を立てる。いつもは国旗の旗なのに、今日は【☆てるさんスペシャル☆】なんて手書きで描いちゃってる。これは……ハルかな……?というイラストつきで。
「いつ用意したの?」
「この日のために描いておいたの。てるさんスペシャルかんせ~い。さて、持っていこうか。重いから気をつけてね」
は~い、と持ち上げると……持ち上がらなかった。大袈裟じゃなくハルと同じくらいだ、この器。それを軽々と持っていくてるさん、すごい。わたしも気合を入れて低い声を出しながらてるさんの後に続く。
「みんな~出来たよ~♪」の声に注目が集まると、「え、やば」「スペシャルすぎない?」と言いながら目を輝かせている育ち盛りたち。
重たい器を運び終えたあと、サブさんとてるさんのカレー(+目玉焼き)を運んで、わたしのカレー(+エビフライ2本)もカウンターに置く。
こんなに広いテーブル席があるのに、みんなでカウンターに座って食べるのもなぜか恒例となっている。一番端からサブさん、陸兄、ハル、凪、勇太くん、あさひくん、わたし。ハルもみんなと一緒にごはん(ハルはカリカリご飯に缶詰をトッピング)。てるさんだけカウンターの中でごはんを食べるのも恒例。
みんながまだかまだかと待つ中、席に着いたてるさんの「さて、みんなでご一緒に」のあとにはいつもの「いただきます」×8。
「柚、エビフライだけでいいの?」
「うん」
「俺のやる?」
「裏にまだあるから大丈夫」
人のことより自分の心配をしな。
食べ始めは「うまい」「これなら全部食えるかも」なんて大口を叩いていた育ち盛りたちも、中盤には黙々と食べすすめ、わたしが「美味しかった~」と皿洗いをし出す頃には、一点を見つめ始める。
そんな中、序盤からペースを落とさず食べ続けている勇太くんだけが完食しちゃいそう。すごい。
「柚ちゃん、残ったおかず持っていきな~」
「いいの?てるさんの明日のご飯は?」
「いいのいいの。タッパー貸すから、カレーとおかず好きなだけ持っていっちゃって。あ、てるさんとサブさんの一食分のカレーだけ残しておいて」
「は~い」
やった~これで明日ご飯つくらなくて済むぞ~と意気込んで、遠慮なく隙間なくおかずを詰め込む。
そこに続々と挑戦者たちが洗い場に。「柚、悪いけど、これ詰めてくんね?母ちゃんに押しつけるわ」「ごめんけど、俺も」「皿洗いの体力を残しておきたい」「カレーどんくらい残ってる?」なんて食後のタッパー係を押しつけられるのも毎度のこと。
挑戦者たちが皿洗いと厨房の軽い掃除をしている間にてるさん(とサブさん)がホールの掃除をしてくれている。
さて、今回の結果は
陸兄、お残し半分。「もぉ~ギブ」
あさひくん、お残し1/3。「あと少しが食えない」
凪、お残し1/3。「限界じゃないけどやめておく」
勇太くん、完食。「俺もカレー持ち帰る」
完全勝利、勇太くん。
すごい。
用意されたタッパーもティッシュボックスくらいある大きさ。これにギリギリふたが閉まるくらいの量を詰め込まなければ、てるさんはカレー美味しくなかった?なんて悲しんじゃうから(過去に一度、遠慮して詰めていたらしょぼんとしだしたから慌てて詰め直したこともある)、気合いを入れて詰め込む。
みんなの分のカレーを詰め終わり、皿洗いと掃除組を待って今日は帰宅。
いつもは閉店後も残っているてるさんも「みんなが片付けてくれたから早く終わっちゃった♪サブさん、飲んで帰ろ♪」なんて浮かれている。
店の前でてるさんとサブさんと別れ、次の曲がり道で満腹でよろよろの陸兄と別れる。
いつもはここで勇太くんとも別れるんだけど「今日あさひ泊まんだろ、俺も泊まる♪」なんてここにも浮かれてる人が。
満腹+持っているカレーが重くていつもよりゆっくり歩くあさひくんと対照的に、お腹いっぱい食べれて+両手で大事そうに抱えている鍋(!)が重くて嬉しい勇太くん。
実は、みんなのカレーを取り分けているとき「柚、カレーこれに入れて」と渡されたのが鍋だった。いつも家でカレーをつくるときのあのサイズの鍋。
一瞬、カレー食べすぎておかしくなった?と心配が頭によぎったけど「てるさんに聞いたらいいって」と嬉しそうに言う勇太くんを見て、食欲の異常さ(貪欲さ?)を再確認した……
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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。