【笑ってくれないあさひくん】 #8
「……ず……ゆず!柚!」
「……ん、なに」
「いつまで寝てんの、もう14時だけど」
「え、もうそんな時間……まだ寝れる……」
「買い物行くんじゃねーの?」
ん~、とまた寝始める柚を見てため息が出る。
とりあえずは生きてた。
柚は疲れが溜まると一日中寝て過ごすことがある。トイレにも起きず、ひたすら寝る。
昨日、柚と喫茶店から帰宅後、用事があって柚にラインしたけどいくら経っても既読がつかず、きっと疲れて寝てんだなと思っていたけど、結局朝になっても未読のまま。【まだ寝てんの】【買い物行くって言ってなかった?】と追いラインしてみたけど、それでも未読。
しびれを切らして、柚の家に行くことに決めた。
「あれ、あさひ、どうした?」
「柚、まだ寝てる?ラインしても返ってこない」
「起こしてきたら?」
リビングにいた柚の母ちゃんとの会話を経て、最初に戻る。
どうすっかな~。
とりあえず部屋のカーテンを開ける。まぁ、こんなことで起きたら苦労しない。
俺らの中では俺とちづは朝が強い。勇太と陸兄はとんでもなく朝が弱い。この二人に比べたら大したことないけど、柚もまぁまぁ弱い方。
普段は寝坊で学校を遅刻したり休むことはないけど、中学のときは三ヶ月に一回くらいのペースで【気分のらないから休む】と登校前に連絡が来ることがあった。
最初のうちは体調悪いんかな?とか心配して学校帰りにお見舞いに行ってたけど、家の近くでハルの散歩をしているところに遭遇、家にいないと思ったら【ママと映画来てる】と連絡があったとき、本当に体調悪いんよなぁ?が、こいつサボりだな、に変わってからこの手の休み方にあまり心配しなくなった。
心配しなくなったとか言いながら、疲れてんならこのまま寝かせた方がいいよな、明日学校休むんかな、と思ってる自分に呆れる。
暇だしゲームでもするかと座ったとき、廊下からカツッカツッと音がしたのちドアを掻く音に変わる。ハルだな、と腰を上げようとしたら、柚がムクッと起き上がりドアを開けに行く。ハルが部屋の中に入ったのを確認してまたベッドに戻る。えぇ、なに起きてたの?
「引き出しの中、ハルのおやつあるから、」
そう言うと、背中を向けてまた寝始める。
数秒の出来事に戸惑いつつ、目の前で綺麗な姿勢でお座りをして待っているハルに「おやつ食べる?」と聞くと、フンッと鼻で返事をされる。
引き出しをいくつか開け、目当てのおやつを見つけて座り直すと、これでもかというくらい距離を詰め、前のめりでお手をしてくる食いしん坊の犬。犬は飼い主に似るっつーけど本当だな。
ハルを飼い始めたとき、みんなが可愛がるもんだから、あれよこれよとおやつをあげ続け、ご飯を食べなくなったことから『おやつをあげるのは一人一個のみ』とおやつ令が発令された。そしてもう一つ、『おやつをあげる場所はリビングのみ』がある。部屋でこっそりあげる人がいないように。
その二つを破っているのが、柚と柚の父ちゃん。二人はハルに弱い。ハルの一挙手一投足に「ハルは可愛いねぇ」「ハル~」「ハル、元気ない?どうした?」と反応するから、ハルもこの二人には参ってると柚の弟が言っていた。
本人いわく「そんなに甘やかしてないよ、大げさ」なんて言ってたけど、さっきの素早いドアの開閉、引き出しの中のおやつ、部屋の隅にあるおもちゃ。大げさじゃねぇだろ。
俺は柚の母ちゃんに怒られたくないから一つだけな、とおやつをあげると、待ってましたといわんばかりにくちゃくちゃと食べる姿を見て、確かにこれはあげたくなるよなぁとも思う。この姿見たいが為にあげてるとこある。
「あさひ~、柚~」と下から呼ばれる声に咄嗟に隠すおやつ袋。これは無意識。
「パパがドーナツ買ってきたよ~」
「たべる~」
「降りてきな~」
「ん~」
と言い終わるとムクリと起き上がる柚。顔パンッパン、髪ボッサボサ。
「いま何時?」
「15時前」
「まだ寝れる」
「デジャブ。夜寝らんなくなるよ」
立ち上がって柚に手を差し出すと、だら~んと上げた腕を引っ張る。
「顔やばいよ。風呂入ってねーだろ?」「うん、帰ってすぐ寝たっぽい」だろうな、と鼻で笑う。
三人(ハルも含む)で下に降りると、柚の顔を見た母ちゃんたちが「うわ、なにその顔」「自分の顔見た?」「ハルちゃんの顔より丸い」と遠慮なく矢を放つ。
そんな矢もドーナツを前にした柚には掠りもしない。
「早い者勝ち!わたしこれ!」
「先にあさひから!」
「俺はなんでもいい」
「一人何個?」
「一人一個!」
ちぇっ、と不服そうにソファーに深く腰掛けて「ハルにもおやつあげるね」と近くにあったおやつをあげて、頬張るハルを見て満足そうに笑う。
その隣に座って「おやつは一人一個じゃねぇの」と言うと、フンッとそっぽを向く。
実は下に降りる前、ハルに朝の(朝の?)挨拶を終えた柚は「ママには内緒だよ」と令に反したばかり。これは……常習犯だな。
「そういや、今日買い物行くんじゃねぇの?」
「でもこの時間から動くのだるいな~」
「なに買うの?」
「ハルのおやつ」
チラッと目の前にいる母親の様子を伺ってから、小さく答える。怒られる自覚はあんだ。
それから同じ人物の様子を伺いながら柚の隣に座るもう一人。「柚ちゃん、あとでハルの散歩に行くついでにホームセンター行かない?」「いいけど、なんで?」「パパの部屋にあるハルのおやつ無くなったから買いに行こうと思って。あさひくんも行く?」と話を振られて、いいっすよと答える。ママには内緒にしてね、と企む顔が柚にそっくり。二人は共謀だったんか。
食べ終えた柚が、さて、顔でも洗ってくるか、とテーブルにあるドーナツの箱を覗きながら洗面所に向かった数秒後、ドタドタと「ねぇ!顔やばいんだけど!」と戻ってきた柚に、みんなで呆れる。
柚の父ちゃん、ハル、俺、大騒ぎしながら準備を終えた柚で「散歩に行ってくる~」と伝えると「ハルのおやつはもうあるからね」と釘を刺される俺たち。
バレてんじゃん。
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この小説は、小説家になろうで掲載している作品です。
創作大賞2024に応募するためnoteにも掲載していますが、企画が終わり次第、非公開にさせていただきます。