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第268号(2024年6月10日) 続・博士たちの異常な愛情 核抑止をめぐる米露のつばぜり合い


【インサイト】続・博士たちの異常な愛情 核抑止をめぐる米露のつばぜり合い

 この数週間、核兵器をめぐる話題が米露双方からしきりに聞かれるようになりました。ウクライナでの核エスカレーション、将来の米露軍備管理、そして中国の核戦力増強を踏まえた米国による核軍拡の可能性などについて考えてみたいと思います。

米国が開発中の新型ICBMセンチネル
U.S. Air Force (https://www.airforce-technology.com/projects/lgm-35a-sentinel-intercontinental-ballistic-missile-usa/?cf-view)

「ビビってるんじゃねえよ」 サンクトペテルブルグ経済フォーラムでのプーチン発言

 まず取り上げたいのはロシアの動きです。
 6月7日、サンクトペテルブルグ国際経済フォーラム(PMEF)の最終セッションに登壇しました。司会を務めたのはセルゲイ・カラガノフ。この名前に覚えがある方もおられると思いますが、ちょうど1年前に「核兵器こそが救世主だ」などと述べて積極核使用を訴えた外交防衛評議会(SVOP)の名誉議長です。

 その後、プーチンは一応カラガーノフの主張をやんわりと否定していますが、こういう人物に未だに自分の出る国際会議の司会を任せているわけですから、その事実が「ソフトな核の脅し」みたいな役割を果たしているのでしょう。
 そして今年のPMEFでは、プーチンとカラガーノフの間でこんなやりとりがありました(以下、Qがカラガーノフ、Aがプーチン。抄訳)。

Q:あなたは西側との紛争終結交渉について意欲を示しているが、どうやってやるのか。彼らを完全に屈服させるほかないのではないか。そのための方法は「核のピストル」を突きつけてやるしかないのではないか。つまり、核のエスカレーションしかないのではないか。ゆっくりとはエスカレーションの梯子を登っているが、遅すぎるのではないか。あなたが責任を回避していると見えかねない。
A:かつて、なんという名前だったか忘れたが、イギリスの元女性首相が自分には核のボタンを押す覚悟ができていると言った(このようにプーチンは軽蔑している相手の名前は呼ばないのだが、トラスはプーチンと会っていないはずなのでおそらくサッチャーのことだろう)。私はそんな無責任なことは言わない。
 どんな場合に核を使うかは、ロシアの軍事ドクトリンに書いてある。それは例外的な場合だ。ロシアの主権と領土保全に脅威が生じた場合だけである。現在、そういう事態は起こっておらず、核使用は必要ない。
 しかし、核ドクトリンは生き物であり、状況によって変更されうる。我々は核ドクトリンを変更する可能性を排除しない。
 核実験もそうである。ロシアは包括的核実験(CTBT)に署名して批准したが、米国は署名さえしていない。我々は状況を見てCTBTの批准を停止することにした。しかし、核兵器の信頼性検証はやっている。これはコンピューターでできるから、実際に核爆発を起こす必要はない。
 では、核エスカレーションの梯子をもっと早く登る必要性についてはどうか。それはやってやれないことはないのだが、相応のリスクというものがある。だから私は自分の責任は自覚した上で、参謀本部と国防省の提案に基づいて行動する。スピードも重要だが、最前線に兵士たちの命はもっと重要だ。
 戦闘は現在も続いており、最終的にドンバスの領土とその隣接地域から敵を追い出さねばならない。参謀本部と国防省にはそのための計画があり、それは実行可能である。
Q:だが、核エスカレーションの加速は多くの命を救うことができるはずだ。我々が核の積極使用ドクトリンを持っているという事実によって敵に思い知らせてやることができるのだから。
 核ドクトリンの変更はすぐになされるべきだ。あなたがそう決めてくれれば、我が国の領土に対するあらゆる攻撃が核使用の要件になる。それによって敵は冷静になり、私たちの兵士を救うことになるだろう。まだ時期尚早かもしれないが、必要なことだ。
 アメリカ人はまだ慎重だが、ヨーロッパ人はロシアと戦争をするつもりだ。神はソドムとゴモラを滅ぼすことで私たちに教訓を与えてくれた。人類は長年そのことを覚えていたが、今では忘れてしまった。もう一度、人類に正気を取り戻させることを試みるべきではないか。
A:ヨーロッパ人に限って言えば、彼らに核を使えるような気もしてくるだろう。米国とロシアには核の早期警戒システムがある。だが、ヨーロッパにはそれがなく無防備である。
 また、我が国には強力な戦術核戦力がある。ロシアの戦術核は広島と長崎に落とされたものより3-4倍強力だ。ヨーロッパにも米国の戦術核があるが、我が国の方が何倍も持っている。
 こんなものを使ったら、犠牲が際限なく増える可能性がある。その時、米国は戦略核を使うだろうか。しないかもしれない。我々はそれを疑っているし、ヨーロッパ人も考えておかねばならない。
 それでもなお、私は核使用の必要はないと思っている。ロシア軍は強くなり、軍需産業も増産を果たしている。核使用のことなど考える必要はない。
 どうか皆さんも、こんなことを二度と軽々しく言わないでほしい。
Q:あなたの躊躇はわかる、しかし、あなたに核使用の用意がないことが敵にわかってしまったら、敵はいつまでも我々と戦おうとするではないか。
A:我々は躊躇などしていない。そうではなくて、現実的・客観的な分析に基づいて使っていないだけなのだ。
Q:追加の動員なしでも勝てるだろうか。
A:できるだけ早く勝とうとするなら十分ではない、しかし、私たちが支配すべき領域から敵を追い出すのであれば動員は必要ない。以前は30万人を動員したが、昨年は動員令を出さなくても30万人以上が軍に志願した。今年はすでに16万人が志願している。こういうロシア人がいる限り、核兵器を使わなくても勝利は可能だ。
 ウクライナは強制動員をやっている。動員年齢はもっと下がっていくだろう。アメリカ人は動員年齢を下げるごとに支援のレベルを上げる約束をしているという確かな情報がある。だが、動員人数が増えているのに兵力は減っている。動員兵力は損失を埋め合わせることしかできていない。

 一見してわかる通り、かなり激しいやりとりです(実際にはもっと辛辣な言葉が使われている)。全体的にはカラガーノフが「ビビってんじゃねえぞ大統領」と煽り、プーチンは終始「ビビってるんじゃねえよ、こっちは責任重大だし通常戦力でも勝てるって言ってんだろ」と応酬するという構図に見えます。ただ、プーチンはその中でも巧妙に核の脅しをかけており、核の積極使用ドクトリンを採用することも排除しないとか、欧州には早期警戒能力がないではないかとか、核戦争になったら米国は本当に介入してくるかどうか疑わしいと匂わせたりしています。最後の点については、前号で紹介したウズベキスタンでの発言をもっとあからさまにしたものと言えるでしょう。

「核ドクトリン」にはなんと書いてあるのか

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