【小説】 旅の途中
狭い休憩所で相席をしただけの見知らぬ婦人に、ねちりと嫌味を言われ、私は言葉を返すことも出来ずに目を閉じた。
他人からしたら、私たちは随分とアンバランスな恋人同士のように見えているのだろうということも、私が彼には不釣り合いだということも、わざわざ誰かに言われなくてもわかっている。
これは完全に私のひとり相撲だし、私はまだ、彼の真意を確認したわけではない。今だって、ただ、なんとなく、彼が時々醸し出す恋慕の含まれた優しさを都合よく受け取って、友人以上の親しさで寄り添っているだけだ。これだけ踏み込んでおいて、これ以上に進展することも離れてしまうことも怖いから確認したくないだなんて、なんて臆病なのだろうと思う。
ただひと時を同じ空間で過ごしただけの名も知らぬ婦人が放った一言にさえ、そんな思いを見透かされた気がして、急に不安に押しつぶされそうになった。
ぐるぐる悩んでも言葉が出ない。
「ちょっと、ごめん。」
まるでその場から逃げ出すようにその休憩所を出たところで、行くあてがあるわけでもなかった。扉を閉めると膝から力が抜けて、自分の肩を抱くようにして壁に身を寄せ座り込んでしまう。
追うように部屋から出てきた彼は、大きな手のひらで労わるように肩に触れ、厚みのある胸板を寄せるようにして支えてくれる。
「大丈夫?……ずっと、具合悪かったのか。言ってよ。そういうことは。」
私の顔を覗き込んだ彼に促されて、そばにあったベンチに並んで座ると腰を抱き寄せられた。
「ごめん。……戻ろう。」
宿の部屋に、早く戻りたい。そう思って、俯いたままぽつりと呟いた言葉に、彼は身を固くして、それから身体に回されていた手が離れていく。彼のがっしりとした膝の上で組まれるゴツゴツと逞しい指先。遠くなる肩の温もり。
「……そうか。そうだな。」
静かに絞り出されたような、いつもよりも低いその声は酷く寂しそうで。先程までの会話の内容も相まって、私の言葉は捻れて伝わってしまったのだと気付いて慌てた。
「あ。まって。違うの。そうじゃなくて。」
貴方と私の関係ではなくて。友人に戻りたいとか、そういうわけじゃなくて。
その手を追いかけて、両手で包むように掴む。まるで、縋り付くように触れた指先は、どちらのものも小さく震えていて、曖昧なまま近付いたこの関係が壊れてしまうかもしれない恐怖にすうと冷たくなる。
「みんなには悪いけど、先に宿に戻ろう。出来れば、朝まで一緒にいて欲しいの。」
ひと息にそう告げた胸の内は、後半に向けて掠れて消えた。包み込む両手から離れた彼の指先が、私の頭を撫でてまた肩を抱く。
しっかりと抱き寄せられて、顔をあげて絡んだ視線はいつもよりもずっと、優しく揺れていた。