車輪でボールを追いかけて 4
かのこさんのサイクルサッカー日記
【2019年11月 4日】
そもそも私は、今まで全く運動してこなかったので自分の身体を上手く使える自信がない。
加えて、私は過去に左半身麻痺の経験がある。ごくごく普通に生活できるようになった今も、時々、握力が抜けたり痺れた左足の感覚が弱くなったりする。一番注意すべきは、左足をペダルから踏み外さないこと。今はまだ、無理にバランスを取ろうとせずに、トライアンドエラーを繰り返す事。
サイクルサッカーは、自転車を使う競技の中ではダントツに怪我の少ない競技だ。それは試合を見ていても、練習に参加していてもそう思う。あと、身体よりも圧倒的に頭が疲れる。自転車の上で考える事がめっちゃ多い。(これは私だけかもしれないが。)
「ハンドルを掴んだまま、右腕を突っ張って手のひらに体重を掛けてみてください。」
「みぎ……」
前輪を左に80度横に向け、左のハンドルに左脚の腿を押し付ける、右手を伸ばして、前方へと遠くなるハンドルを掴む。
上手く体重が乗った感じがしないで、ぐらりと車体が揺れる。わぁわぁと騒ぐ私にM田さんは冷静に声をかける。
「テーブルに手をついて腕を伸ばしたまま体重をかけて休む感じです。」
「あー…」
言いたいことのニュアンスはわかる。普段、何かに寄りかかるような動作をしないので、肩周りと背中のどこを動かしたらその姿勢が取れるのかわからないけど。
ぐいと腕を伸ばして肩から体重をかけると、右の肩から左の腰の筋がグッと引かれる感じがした。
「あ、これやばいやーつ。完全に違うやーつ。」
気を取り直して、地面に両足を付いたまま感覚を掴むために、フレームに右手を突いて体重をかける。前輪は横に向けているので、体重をかけすぎると左へと旋回しそうになる。でも、それは正しい動きだ。正しくバランスが取れていれば、ぐるぐると回ることも静止することもできるはずなのだ。
しばらく自転車と格闘していると、ふと、自分が思っているよりも自分の身体が後ろにあるのでは?と気づく。膝を軽く曲げ前へと踏み込む左脚、後ろへと膝を伸ばして踵をあげ、つま先で後ろへと踏ん張る右脚。ハンドルを掴んだまま、まっすぐにスタンディングしているつもりだが、重心は車体バランスの中心であるBBよりもやや後ろにある。多分。
数回前の練習の時に、後ろでバランスをとる癖が強いと言われたのを思い出した。乗れるようになれば後ろ重心の方がバイクのコントロールは上手くなるけど、スタンディングの重心はもっと前で良いと、確か、そう言われた。
その時よりは前に体重を乗せているつもりだったが、もしかして、そもそもの重心の取り方が違うのでは……?自分では出来ていると思っていた事が、そもそも出来ていないのでは?
前に出した左足に加重をかけるのをやめて、前方にひっくり返るのを覚悟で腰のあたりから身体ごと前へと重心をずらす。左脚が曲がり、右脚が伸びきるのは変わらずに、ゆっくりと腰の位置が前へと沈む。身体の中心線がBBの中心よりも前に出る。腰と背中が伸びて、遠かったハンドルが左の腿の正面へと食い込むように押し付けられる。
90度よりはやや緩く横を向いたホイールのおかげで、多少踏み込んでも前に進むことはない。腿でハンドルがロックされ、腕の力を抜いても不安になるほどぐらつく感じがない。
「あ、これだ。」
恐る恐る両手を広げ、横に伸ばした。
「腕は横に伸ばすよりも上に伸ばす方がいいよ。」
言われてそのまま腕を上げる。
「おおお、出来た。」
ハンドル周りのぐらつき方が、細かな前後の振れから、綺麗に弧を描く短い左右の振れに変わったのが、上から見ていてもわかった。
一旦、身体が理解すれば後はそれの再現率をあげるだけだ。
次にすべきは、一週間練習の間があいたとして次に乗った時に同じようにバランスが取れること。ただのまぐれではなくて「出来る」と言い切れるようになること。
出来ることは嬉しい。
出来なかったことが出来るようになるのが、楽しい。