雲取山登山

1996年7月11日 (木曜日)


 関東に接近している台風五号が千葉県銚子沖を通過するとの予報で、ある確信を持って午前三時前に自宅を発つ。昨夜までの雨はどうにか止んだが、北からの風が強く、暗雲がひっきりなしに南の方角へ飛んで行く。なるほど、これで台風の西側にいることが判る。しかし、梅雨の長雨にいい加減うんざりしていたところだったので、荒れ模様の天候とは裏腹に元気よくハンドルを握る。

 途中のコンビニで食糧を調達、今回目指すのは飛竜山だ。いくつかのプランも用意してあったが、この台風が必ず停滞前線を押し上げ、梅雨が明けると確信しているので、今日は無条件の山行日和になるはずだ。そこで台風一過の晴天を狙えば、やはり行く先は展望の山以外にはない。ハゲ岩で思う存分、奥秩父の眺望を満喫して来ようと思う。ほぼピーカンを約束されているのに、眺めの利かないヤブ山へ入るほどヘソは曲っていない。台風も今ごろは少しずつ関東から遠ざかっているに違いない。

 順調に青梅街道を下り、奥多摩湖畔へ出たところで偵察のため峰谷へ入る。台風の直後だけあって道はそれなりに散らかっていたが、以前からの通行止めも解除され、今日はすんなり「奥」へ着いた。それにしてもいつも思うことだが、どうしてこんなところにと驚かずにはいられないほどの高所に位置する集落だ。肩を寄せ合い、急斜面にしがみつくように建つ家々。ここだって真正の大地ではあるが、谷を覗けば地に足がつかないような高度感に身がすくむ。しかし空が広く、南に開けた谷は羨ましいほどに明るい。ここの生活を知らない通りすがりの者には、憧れの天上の土地に映る。

 どん詰まりまで登ってUターン、改めて青梅街道を下る。明け始めた空は澄み切った靑一色で、すでに台風一過の晴天になっている。清澄な大気はまるで糊の利いたシャツのようにパリッとしており、どこまでも高い空は、まるで秋のそれのように清々しい。下ろしたてのシャツの着心地を味わうべく、窓をフルオープンにして後山林道へ入る。取り付いて少しの間は道幅も狭く路面もよくないが、走るうちに道幅も広がり、コースも安定して来る。アプローチでいろいろな林道を使うが、この後山林道は好きなダートのひとつだ。薫風を頬に受けつつ、後山川の左岸を行く。塩沢橋の先で小規模の崩落があり、落石で行く手を塞がれる。車を降りていくつかの石を排除しながら先へ進むのだが、まだ何ヶ所か台風の置土産があって、その都度降車を余儀なくされる。これで、少なくとも今日の林道走行は一番乗りだということが知れる。

 10キロほど走って、五時十五分、林道終点に到着。習志野ナンバーのセダンが停まっていたが、台風を考えればこれは雲取ではなく、三条の湯目的の宿泊客の車だろう。さっそく簡単に腹ごしらえをして登山準備にかかる。空はいよいよ澄み渡り、登行欲をかきたてる。

 五時三十六分スタート。青岩谷橋を渡り、三条沢の左岸をたどって、まずは三条の湯を目指す。長雨と台風のせいで水量は多い。多摩川水系の各沢の流れを集めると、奥多摩湖には膨大な水が流入することだろう。これで幾分かは水不足の解消になるはず。神奈川では取水制限も行われているという。三条大滝を過ぎて少し登り、木橋をふたつ渡った辺りで空が広くなった。谷を覗くと、何本もの太い倒木が折り重なっている。自然淘汰とはいえ、無惨な光景ではある。

 やがて左下にキャンプ場を見て小さな吊り橋を渡ると、正面の高みに三条の湯が現れる。しかし驚いた。かつての山隘の鄙びた湯宿のイメージは消え、いつの間にかログハウス風の、見違えるほど立派でモダンな建物に変身している。斜面に石垣を積み、ちょっとした山城のようだ。その地形のせいで二階建ではあるが、入口は山側の二階部分にある。もっとも、新しいのはこの建物だけで、奥に続く家屋は昔のまま古色を残している。ひっそりと静まり返り、人の気配は感じられない。石垣の内側にはフキが育っている。

 道はここで三方に分かれる。建物を背にして南へ向かうのが、サオラ峠を越えて丹波への道。反対にこのまま三条の湯を通り過ぎて行くのが三条ダルミから雲取山への道。そしてその真ん中、真っすぐに中ノ尾根を登って行くのが、北天ノタルから飛竜山へ行く道だ。今回はこの真ん中の道を行く。しかしここで少し迷い始めた。飛竜山へは行きたいが、目の前の道がどうしても登行意欲をかき立ててくれないのだ。理由は簡単、暗い植林の中の急登から始まるせいだ。見上げるまでもない。上に消えて行く道のきびしさは、この取り付きからの傾斜でおおよその見当がつく。この道を使うのは初めてなのだが、ガイドブックなどでも下部のアルバイトのきびしさが強調されている。ある程度歩いた後で、その日のペースをつかんでからの急登ならばいいのだが、このコースはそういう訳にはいかない。地図を見ると上部では等高線も緩み、割と楽が出来そうだが、それでも気が進まない。そんな訳であっさりと予定変更、雲取山へ向かうことにした。これは数十年振りのコースだ。しかし、記憶はまったくといっていいほど無い。

 三条の湯の玄関前を通過し、とりあえずは三条ダルミを目指す。少し下って三条沢を朽ちかけた木橋で渡り、水無尾根へ取り付く。足下の三条の湯が木立ちの間に見え隠れするが、尾根を巻いて高度を稼ぐうちにそれも見えなくなり、同時に三条沢の沢音も消えた。川苔山の時と同じように、高度を記した小さなプレート片が1,150メートルから現れた。これはありがたい。このプレートのお陰で大方の目安がつけられる。三条ダルミまでの標高差が約600、雲取までが約850メートルと知れる。問題は三条ダルミから雲取までの標高差250メートルだが、今はなるべく考えないことにしよう。1,250の辺りでちょうど真東に向いたらしく、木立ちを通して朝日がまぶしい。うっすらと汗をかいて青岩鍾乳洞の分岐へ着く。尾根を巻いていた道も、ここからは尾根通しになる。もっとも尾根上を行くのではなく、尾根のやや東側に道は付けられている。特別きつい登りもなく、自然林の中の、よく踏まれたいい道が続く。

 そろそろ休憩を取ろうと、適当な場所を探しながらゆるゆると登って行く。1,350を過ぎて、腰掛けるのにちょうどいい切り株があったので、ザックを下ろし、小休止することにした。しかしこの時、とんでもないミスを犯していることに気がついた。スーッと血の気が引くのがわかる。小休止どころではない。あまりの愚かさ加減に頭を抱えてしまった。水の補給を忘れていたのだ。飛竜へ向かうのなら、途中に水場があることは調べてあった。ところが安易な予定変更が失敗だった。何しろ、今登っているのは「水無尾根」ではないか。この名は当然、水場がないことから付けられた名前に違いない。念のためエリアマップを取り出してみても、水場のマークはなかった。昔の記憶も、もちろん皆無だ。さあどうしよう、三条沢まで戻るか。しかしここで戻ったなら、確実に登り返す意欲はなくなるに決まっている。それならばこのまま先へ進むか。この先、確実な水場といえば雲取山荘だ。山荘までは約二時間、考えれば大した時間ではない。ただ、途中で何かのアクシデントがあった場合はつらい。

 気を落ち着け、現在自分がどれほど水分を求めているか神経を巡らせてみた。汗はかいているが、今のところ身体はそれほど水分を欲してはいない。水を求めているのは身体よりも頭だった。困ったことに、意識すればするほど水が欲しくなってくる。それに現実の問題として、日が高くなるにしたがって暑さも増し、水分が必要となるだろう。ザックの中にある水分といえば、缶コーヒー1本だけだ。しかし、まさかこんな物を飲む訳にもいかない。余計にのどが渇くだけだ。進むか、それとも今日はすべてをあきらめるか。一度深呼吸をして結論を出した。このまま進もう。そう決めた。まだたっぷり時間もあるし、雲取山荘経由でのんびりと頂上を目指そうと思う。それに長雨と台風の直後だ。運が良ければこの先、尾根伝いのコースとはいえ、どこかに水場が現れている可能性だってあるのではないか。決断してしまえば心は軽い。さっそく立ち上がって前へ進む。ただ、なるべく発汗を防ぐようにぐっとペースを落とすことにした。まだ吹く風は涼しいので、登山というよりは散歩気分で、回りの風景や足元の植物などに気を散らしながら行く。

 1,400メートルで一度尾根上に出て、すぐにまた尾根の東側に戻る。この辺りから雲取と小雲取の稜線が間近に見えてきた。まだまだ標高差があり距離も長い。考えまいとしても、どうしても頭は水のことでいっぱいになる。やがてコースには露岩が多くなり、それとともに周囲は薄暗い印象になってきた。何となく水場があってもおかしくないような地形と雰囲気だ。ところどころで足元もぬかるんできた。案の定、少し進むと水があった。水といっても岩を伝う岩清水だ。しかしこれでも水場には違いない。ポツリポツリと落ちるしずくを水筒に受ける。計ったところ、十秒に十二、三滴程度のものだが、とりあえず五分ほどしずくを受け、それでのどを潤す。軽くひと口分だが、充分に生き返った気分になった。その後、雲取山荘までの分として、しばらく水筒を岩に添える。以前、テレビの洋画でこんな場面を観たことを思い出す。それは砂漠の中でこうしてしずくを受け、同じように水筒に水を溜めるシーンだった。数秒でやっと一滴。映画ではすぐに場面が変わって水筒に水が満たされ、それだけ長い時間が経過したことを表現していたが、実際に水筒いっぱいにするには気が遠くなるほどの時間が必要だ。結局、三十分そのまま水を溜めた。それをかざしてみればゴミなども浮き、すぐになくなってしまう量だが、ひとまずこれで良しとする。

 休み過ぎたのですぐに出発した。しかし五分も歩かないうちに、しっかりとした本当の水場が現れた。思わずへたり込んでしまいたくなった。ゴミの浮いた水筒の水をぶちまけ、改めて水を補給する。たった五秒で水筒いっぱいになった。途中、数ヵ所の水場を過ぎ、1,750メートルのプレートを見たところで三条ダルミに飛び出した。八時三十分だった。見上げれば雲ひとつない空が限りなく広い。汗をかいた身体に、北側から吹き上がって来る風がひんやりと爽快だ。富士山はいつもと同じ姿で黒岳と雁ヶ腹摺山の間にあり、大菩薩から始まって、道志の御正体山から大室山までがすべて見渡せる。あとはここから鉄砲登りで雲取の山頂を目指すだけだが、ここでまた予定を変えることにした。もう水の心配はないが、雲取山荘への巻き道を行こうと思う。急登も気が進まないが、それよりもこの巻き道が初めてだというのが一番の理由だ。同じように山荘から石尾根への巻き道も知らないので、この2本を連続させ、「の」の字を書くようにして山頂に立つプランを考えた。こんなことを思いつく人など他にはいないだろうが、これも一興だ。犬のマーキングではないが、少しでも未知のコースに自分の足跡を残してみたいと思う。そうと決めたら先を急ごう。

 五分の休憩で立ち上がり、朽ちかけた道標にしたがって左への道に入る。今までの道とは違って原生林の歩きにくいコースだ。岩をまたぎ、木の根に足を取られたりしながら進んで行くのでピッチははかどらないが、それでも深山幽谷の気にあふれ、いかにも奥秩父らしいいいところだ。しかし、主稜線の北側に出たので風が冷たい。三条ダルミまでの南面とはあきらかに風の質が異なっている。樹林を透かして見えているのは和名倉山だ。奥秩父ではもっとも憧れる山のひとつなので、いずれ何とかしたいと思う。あのボリュームある山塊、訪れるのは果たしていつになるのだろうか。やがて見晴らしの利く露岩に出た。ここからは飛竜山を中心とした奥秩父と大菩薩の眺めがいい。暗い原生林の中にぽっかり開いたエアーポケットのようだ。

 少しずつ道がよくなり、山荘の水場と田部翁のレリーフを右に見て、九時二十三分、雲取山荘の脇に出た。山荘は人の気配も感じられず、やわらかな午前の日だまりの中で静まり返っていた。眺望も良く、人気の山小屋だけあって素晴しいロケーションだ。のどかな時間と空間に包まれ、暇さえあれば長逗留したくなる別天地といえる。

 石尾根への巻き道は日当たりのいい原生林の中を行く。先ほどとは違い、東に開けた斜面なので雰囲気も限りなく明るい。これから山頂を目指す身には、勾配が緩いのもうれしい。小鳥たちの声に包まれながら軽快に進んで行くとやがて広葉樹林となり、小雲取のやや上の石尾根に出た。この瞬間がたまらなく好きだ。小雲取山付近の石尾根は奥多摩でも一番好きなエリアで、いつ訪れても感激を新たにする。申し分のない眺望と広い空。これ以上の解放感を簡単に得られる場所は少ない。大展望を呆けたように楽しんでいると、雲取山頂方向から下って来た今日はじめての登山者とすれ違った。単独行の中年男性で、軽い会釈をして別れる。話し込むこともなかったが、単独行にはいつも親近感を覚える。自分も同じなのだが、つい羨ましいなと思ってしまう。それだけ欲深いということなのだろう。結局、この人が今日見かけた、唯一の登山者だった。

 十時八分、雲取山山頂に着いた。意外なことに人の姿はない。台風直後ということもあるのだろうが、前回と同じように、申し分のないこの眺めを独占できるのは大いなる法悦だ。今日はうっすらと多摩方面の町並みが見える。ビデオをズームにしてみたが、さすがに我がマンションまでは確認できなかった。目いっぱいの解放感に浸り大休止にする。またハエが少々気になるが、今日は大らかな気持ちで腹を満たす。富士山をおかずにして食べるコンビニのおにぎりを美味しいと思う。食後の缶コーヒーもビターで美味しかった。充分にくつろいでから腰を上げ、出発前に避難小屋を覗いてみた。山頂ではなく、もう少し別の場所に建てられなかったものかと思うが、反対はなかったのだろうか。しかし、割ときれいに使われているので何となくホッとする。小屋利用ではないが、備え付けのノートに名前を記入して小屋を後にする。

 十一時五分、主稜線を西に向けて出発。いきなりの急下降で三条ダルミまで行く。まだ時間が早いので、このまま尾根伝いに北天ノタルまで進むことにする。完全な尾根ルートではなく、道はその南側に付けられている。しばらくは高低もなく、よく踏まれた道が続く。空は完全に梅雨明けを主張していた。日差しが強く、やり切れない暑さの歩行になってきた。風がまったく死んでいるので、次から次と汗が噴き出してくる。ところどころで南側の眺めも利くが、暑さの中では何の感動もない。消耗しはじめているのがわかる。部分的に尾根上に出て、北からの涼風にひと息つくこともあるが、再び熱暑の行軍となる。うまく時期を外せば最高の道なのだろうが、今は一歩一歩が愉快ではない。面白くない。

 いい加減歩いて、狼平と思われる辺りまでやって来た。ここから少しずつ登りになる。大した登りではないものの、憂鬱で仕方ない。ここで十分の小休止にするが、今さら三条ダルミまで戻るのも悔しいので、何とか自分を騙しつつまた登りにかかる。三ッ山に近づくにしたがって、露岩や桟道が多くなってきた。なかなか登りにもきびしいものがある。しかし、三ッ山のピークを踏むのならともかく、この無意味な登りには腹が立った。やがて道は緩く下りはじめ、一時二十分に北天ノタルに着いた。それまでとは違い、北側からの風が本当に気持ちいい。五分もいると寒いくらいだ。尾根ひとつで、南北はこんなにも違うものかと驚かされる。オーバーヒート気味の身体も元に戻り、これから飛竜山を目指そうかと色気も出したが、数分進んだところでUターン、結局今日はあきらめることにした。そうと決めれば気楽なもの。あとは下り1本なので、この場で少しのんびりする。水を飲み、行動食のチョコを食べる。ついでに風向きも気にしつつ、北側へ小キジを撃った。

 北天ノタルからは真っすぐに三条の湯を目指す。地形図にある通り、はじめの部分は緩い下りになっている。孫左ヱ門尾根から中ノ尾根へトラバースし、ひたすら下って行く。それにしたがって、右手には飛竜山がどんどんせり上って行く。道にはアザミの葉が茂り、注意して歩かないと痛い思いをする。三条沢の水音が聞こえて来ると、三条の湯は近い。台風の爪痕だろうか、途中に二ヶ所、根ごと掘り起こされた倒木が道をふさいでいた。

 最後の休憩をまた五分取り、尾根上の急下降が始まる。右膝が悪いので、へっぴり腰で慎重に下る。やはりこの登りは大変だろうと思う。やがて三条の湯の屋根が足下に見えてきた。あとは鼻歌まじりで車に戻るだけだ。
 そして三時三十四分、暑さに喘いだ山行を終えて車に戻ると、カーラジオが梅雨明けを告げていた。

※ 今回は三条の湯からのコースだったので、雲取山は奥秩父とする。


付記。
1996年当時はビデオを担いで登っていたので、写真はありません。
また私は、PCにしても、
「パソコン? そんなもの食ったことない」
などという時期で、この山行記録も、老後の楽しみとして、ビデオを見ながら読み返そうという程度でした。

この時断念した飛竜山は翌週に、和名倉山は八月に半夜行で登りました。
ビデオはあるのですが、
「撮ったから、記録はいいや」
と文章も書いていません。
いずれ書き残そうと思いながら、無精な性格ゆえ、山日記もつけていません。
以降、記録は三回に一度程度しか書かなくなりました。

写真がないので、国土地理院の1/50000図(三峰・丹波)を載せます。
これに歩いたコースを「赤」でなぞり、赤線か増えるのが楽しみでした。

本末転倒…。

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