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“僕らの星”という夢

2023年9月に開催した写真展「知らない星 / インターホン」の会場に置いた文章。

“僕らの星”という夢

夢から覚める直前はいつも苦しくて、海の底から“戻ってこよう”としてもがいている。そして水面から顔を出した瞬間に目が覚める。
「夢から覚める夢」をみることがある。同じく僕は水面に浮上するように夢から現実へと戻ってくるのだけれど、夢の中で夢から覚める二重の構造のなかで、夢と現実とのあいだには「夢のなかにある現実(という虚構)」がある。これを「現実(仮)」と呼んでみる。夢から覚める直前の僕の意識は肉体から抜け出して現実(仮)で僕の身体が目覚めるのを待っている。身体との“回路の接続”を試みる一方で、意識はその現実(仮)を生きるための準備を始めている。ああ、そうだった。今日は何月何日で、ここは何処で、このあと僕は何を予定していて──僕自身の情報(仮)が頭の中に流れ込んでくるのを処理しながら、向こう側にいる身体をこちら側へ連れてこようと、まだ回路が繋がっていない腕を、足を、懸命に動かそうとする。回路が繋がってから身体が動くのではなく、身体が動いたときに回路は繋がるのだ。なぜか最初からそう確信している。いま指先が動いた。接続される──
そこで“本当に”目が覚める。僕の情報が現実(仮)から現実に上書きされていく。ああ、そうだった。ここは一人暮らしの部屋で僕はもうすぐ39歳で今日は朝から打ち合わせがある。
2つの現実の振れ幅が生みだす喪失感に未だに慣れない。

2023年の9月。撮影を始めた2017年からもう6年が経つ。

人の顔と名前を覚えるのが苦手だ。一度会っただけでは覚えられないことが殆どだ。最初は呼びかたを知らない色か温度のようなイメージだけが記憶に残り、何度か会うなかで鉛筆で短い斜線を重ねて絵を描くように次第にその人のかたちが分かってくる。やがて自分の頭の中で明確にその人を描けるようになる。“自分の中にその人ができあがる”ような感覚だ。

人の目を見ながら話すことも苦手だ。正確に言うと「顔を見ながら話すこと」が苦手なのだ。特に「自分の中にまだ“できあがって”いない人」の顔を見てしまうと「人間の顔面」という情報が流れ込んだ脳が処理落ちをする。相手の話の内容が頭に入ってこなくなってしまう。「目を逸らしたまま話すことは相手に不信感や不安感を与えてしまう」ということを学んでからは、何分かおきに思い出したように仕方なく相手の目を見るようにしている。

人の話を覚えることもまた苦手だ。なにかエピソードに紐付くものから記憶が蘇ることはあるけれど、そんなことは稀だから、覚えるためには記録に残す必要がある。写真を撮った人からきいたことを忘れたくなかったから、別れた後に覚えていることをメモを残すようになった。

ポートレートを撮るとき僕はしつこく何百枚も写真を撮る。その中から採用する写真を選ぶ過程で必然的に僕は何度も何度も被写体の顔を見返すことになる。その度に僕は写真の中の被写体と目が合う。普段の生活で関わる人達とのそれに比べて圧倒的に高密度だ。撮影を通じて僕の中に何人もの人ができあがり刻まれたように感じていた。
だからこそ、3年前、展示のときに再会した被写体を“その人”だとほとんど気づけなかった自分には呆れてしまった。勝手に分かったつもりになったところで所詮そんなものなのだ。

3年ぶりにそれらの写真を壁に並べた。
写真に写る人達の人生はかつて僕のそれとほんの一瞬だけ交差した。残したメモを読み返せば彼ら彼女らから聴いた話を思い出すことができる。今どこでなにをしているのか想像することもできる。けれど、そんなことをしたところで、写真を撮ったその前のこともその後のことも、あるいはその瞬間のことですら僕は分かっていないのだろう。本当のところは何も。

ずっと自分がどこから来たか分からず、どこへ行くべきかも分からなかった。“知らない星”を歩いているみたいだと思っていた。同じようなことを考えている人達がいることを知った。その人達の写真を撮れば、撮った写真を並べれば、“僕らの星”が見えるのではないかと思った。見てみたいと思った。そうやって撮影を始めた。

きっと僕は救いたかったし救われたかったのだろう。でもそれは思い上がりと甘えだった。実際のところ僕は誰も救えないし誰からも救われない。

その先に“僕らの星”はなかった。なかったのだと感じた。今だってそうだ。
時間も空間も異なるそれぞれの孤独の光は僕の視界の中でやはり繋がっていない。
夢から覚めるまでの刹那、「夢の中にある現実」にだけ、もしかしたらそれは存在したのかもしれない。けれど、目が覚めたのならもうそれぞれの現実はそこから今も続いている。僕の目の前に広がるのは時間も空間も断絶した“かつての光”に過ぎない。
それらは交わらない。ただ、彼ら彼女らがそのときそこにいたという事実だけが残っている。

それで充分だと思う。
かつて“そこにいてくれた”ということ。それがすべてだ。その確かな事実がふらふらと歩く丸めた背中を支えてくれる。

最後に、写真とは撮影者がついた無意識の嘘だと思う。僕の中に残る彼ら彼女らは本当の彼ら彼女らとは違う。
そこに重なっているのは僕のついた嘘だ。せめて、優しい嘘をつけていたらと願う。


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