一貫性の原理の罠



上記の本より抜粋

人間は、自分が言い続けてきたこと、やり続けてきたこと、信じ続けてきたことをなかなか変えられません。そして、それまで見せてきた自分と矛盾しないように振る舞わなければいけないという根拠のない思い込みに、無意識にしばられています。

「あの人は嫌いだ」と一度公言してしまうと、たとえ後から案外いいやつだったとその人を見直したとしても、いったん振り上げた拳を下ろすことができず、なかなか仲良くなろうとできなかったりします。

本来人間は、特に一貫した好みや判断基準を持っているわけではないもの

気を付けていないと、人間は自身の一貫性についてあまりに強く縛られているために、思考を柔軟に巡らすことができないという罠にはまってしまうこともあります

これを読んで、自分に当てはまる部分があるなと感じたのは、

学生時代に面白キャラを演じていた自分、それを自分で一貫性を求めてしまっていた、

→ラジオとか大好きだけど、だから仕事にしようとかしてしまった

→学生時代に面白かったから、芸人を目指そうとしてしまっている

柔軟な思考ができていない証拠かな、芸人って道が厳しく熾烈な競争で、ただただ好きではやっていく事は難しい世界なのに、そこに成功者の言葉を当てはめて自ら破滅の道へ向かっているのかもしれない

つまり、過去の栄光に囚われて、幻影を追いかけて、

過去の自分のうまく行っていた、周りにこう見られていた、という栄光の影を追い求めている。俺は面白いはずだ、と。

それが破滅への第一歩。

今まで惨めな思いをしてきたから、俺はそんな事ないはずだ!という劣等感からの行動…。愚かだ。

そうじゃない。自分は、こんなもんか…そんな価値観で生きていこうよ。

そして破滅へ導いてきたのは自分。
仕事をサボってサボって、結局後に繋げなかったのは自分じゃないか。

仕事をサボりまくってきた事が今俺自身を苦しめ、生きる選択肢を減らして、破滅へと向かわせてる。過去の俺の行いによって。

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