アーマード・コア持ちが誕生に至るまで
はじめに
皆様はアーマード・コア持ち、通称「AC持ち」をご存知だろうか。
AC持ちとは、端的に言えばPS3のコントローラーを裏表逆にして持つという、コントローラーの操作方法である。
AC持ちの実例
今ではネタとして定着してしまい、『これが出来ないとこのゲームに参入できない』『ネタなのかガチなのか判断に困る』『素人が騙されて本当にこの持ち方で初めてしまった』などなど情報が錯綜しており、もはや「AC持ち」というミームは完全に独り立ちし、一人歩きをしている状態である。
とても良いことだ。
さて、本記事ではこのAC持ちを生み出した張本人が、何故こんなものが産まれてしまったのか、その経緯について語りたいと思う。
ArmoredCoreシリーズについて
「AC持ち」の名前の通り、この持ち方はArmoredCoreⅤ(ACV)というゲームのプレイにあたって最適化された持ち方である。
まさか知らない者は居ないであろうが、万が一ArmoredCoreというゲームを知らない異端者(イレギュラー)がいるかも知れないので簡単にこのシリーズについて説明しよう。
ArmoredCoreは、人型ロボット兵器(作品によって呼び名は異なる)を多彩なパーツから自由に組み合わせて作り上げて戦うロボットアクションゲームである。
プレイヤーは自身が操縦するロボットを脚部・腕部・頭部・胴体といったパーツから、火器制御装置(F.C.S.)・ジェネレータ・ラジエータ(冷却装置)・ブースターといった内装、果ては外装のペイントまでを膨大な種類のパーツから選び、調整し、装飾し、作り上げた愛機に乗り込んで戦うこととなる。
さてこのシリーズ、その前身が業務用機械の操作システムシミュレータだかだったという噂があるくらいには操作が複雑難解である。
PSで発売したシリーズ初期から機体の前後左右上下の移動と視点(照準)の上下左右、武器4種の発射などが全て独立している。この時代の初代PSには、昨今当然のように存在するアナログスティックが当時存在しないので、LRを使って視点操作をしたりする。それらを使って各武器の段数、機体のエネルギー、ブースト残量、機体の温度などの複数のリソースを同時に管理しなければならない。
シリーズの最初からそんな調子だったが、アナログスティックが追加されて照準と機体移動がそちらに割り振れるようになってからは更に操作が追加され、シリーズ後半にはPS3という新たな玩具を手に入れた事で処理速度の問題が解決し、ゲーム自体が超高速化した。当然操作系はそのままである。
最終的にこのゲームの操作系は、『コントローラーの全てのボタンを駆使して複数リソースをリアルタイムで管理しながら高速で戦う』という非常に敷居が高い物となってしまった。
画像はArmoredCore:ForAnswer 超高速でかっ飛んで戦う
加えて言えば、このゲームは上述の通り自分の操作する機体を自分で組み上げるのだが、これがもう凄まじく情報量が多い。
見よ、この内部ステータスの量。左部が選択中のパーツの性能、右部が機体全体の性能なのだが、各パーツごとに異なる値、各部位ごとに異なる種類のステータスがびっちりと埋まる。この画像はわかりやすい部類である。
もちろん全てを理解しなければならない、という訳では無いのだが、やはり知っているか否かは強い機体を組めるかどうかに大きく関わる。
ついでに言えば、人は「知らない」という事自体を恐れる。つまりこのギチギチに設定された内部ステータスは、それだけでこのゲームの敷居の高さを上げることに大きく貢献しているのだ。
更に更に、このシリーズは基本的にストーリーが複雑難解かつ、説明しない事でプレイヤーに妄想させるという手法を可能な限り駆使してくる。(ダークソウルシリーズと同じ制作元、と言っておけば大凡の人にはこのストーリーの説明の無さが伝わるだろうか)
おまけにキャラクターの立ち絵などという軟弱なものは一切ない。初代から実質最終作ACVDに至るまで、人間の立ち絵は1枚も存在しない。言ってしまうと絶対万人受けしないゲームである。
そんな事情もあり、各方面360度あらゆる方向で上級者向けのゲームシリーズとなってしまったのが、このArmoredCoreというシリーズなのだった。
なお上記で散々「敷居が高い」「難しい」などと書いたが、自分だけのロボットを組み上げて細かい調整を施し、油臭い重厚な世界にどっぷり浸かるという他のゲームでは得られぬ体験に囚われた少数の狂信的なファンが付いており、筆者もまたその一人であることを記しておく。
※例外は何事にもあります。
ArmoredCoreⅤというゲーム
さて、本作はそんな一部の熱狂的な固定ファンにカルト的な人気を誇る「ArmoredCore」シリーズのナンバリング5作目であり、前作から三年越しの新作ということでファンは大いに盛り上がっていた。
ゲーム自体の評価は発売から8年後の今振り返ると「賛否両論」といった所だが、それでも鉄臭さと油臭さに飢えた者たちは夢中になってこのゲームをやり込んだものである。
さて、一部の熱心な信者達はともかく。
制作側は、ユーザーの間口を広げたかったようで、発売前から『シリーズ中最も簡単な操作』などという大言壮語をブチ上げて新規顧客開拓に勤しんでいた。
このマーケティングは功を奏し、無事に本作は大量の新規ユーザーの開拓に成功した。そしてその新規ユーザーを操作難易度の絶望に叩き落とした。
ACV/ACVDのキーアサイン一例
画像を見ていただければ一目瞭然。どこが簡単だ。
コントローラーのほぼ全てのボタンを駆使し、一部は同時押し入力まで存在し、挙句の果てに殆どの動作は高速戦闘中に同時使用が必要になる。
確かに高速で動き回るのに必要な操作だけならば、意外と簡単になってはいるのだが、如何せんこのゲームは管理するリソースと情報量が多い。
そして、今作は対人戦がメインコンテンツの対戦ゲームであり、対人において相手より優位に立つための当然の帰結として、全ての操作の同時使用と習熟が必要不可欠となってしまったのである。
訓練されたヘビーユーザー達はともかく、広告戦略により獲得した多くの新規参入ユーザーは「どこが操作簡単なんじゃい!」と憤り、各地でこの『シリーズで一番簡単な操作』というアピール自体がネタにされ始めたのだった。
モンハン持ちじゃダメなんですか?
ところで、操作が複雑なゲームを操作する時、皆様はどのようにするだろう。
ほとんどの人は、所謂モンハン持ちに落ち着くのではないだろうか。
所謂モンハン持ち
筆者も当然、これを試した。実際にこれでプレイした。
しかし、暫くプレイを続けていると、人差し指が痛いという問題が浮上した。PS3のコントローラーを操作するにあたり、この手の形には無理が生じるのだ。
さて。
これが、AC持ちが産まれた本当の原点であり、モンハン持ちを使わない理由である。
AC持ちという事象の発生
某日、モンハン持ちで人差し指が痛くなった筆者は、同シリーズのファンである同志とこのゲームについて雑談をしていた。
『モンハン持ちしてたら指が痛え』
『どこが簡単になってんだよ、いつもどおりのACだよ』
『やっぱこの手の形がコントローラーと合ってないんだよな、専用コントローラー欲しい』
『人間の手で持ったら指がこっち(裏側)にあるんだからボタンをもっとこう、こっち側に……(ここでコントローラーを裏返す)』
(手の形状とジャストフィットするPS3コントローラー)
『はっ!?!?!?(コペルニクス的転回)』
以上がAC持ちという事象が発生した瞬間である。
日常の何気ない雑談から、この異常な持ち方は産まれたのだった。
産声
さて、この発想を得た筆者は、数時間この持ち方について考えてみた。
幸いなことに、このゲームのキーアサインは驚くほど自由が効き、前進をスティック上からセレクトボタンに移動したり、スティックの上下左右を全部別の武器に割り振ったりと、ありとあらゆるキー割り振りが可能であった。
デフォルト操作の操作感を損なわぬように、右手(表)のボタンを右手(裏)に、左手(表)のボタンを左手(裏)に……
行ける!操作できる!!
思ったよりも……シンプルに!
自由度の高いキーアサインと、この奇妙な発想は思わぬ噛み合いを見せ、こうしてAC持ちは誕生した。
ゲーム画面がないのは当時体験版の動画配信がNGだった為
爆誕する「AC持ち」というミーム
さて、筆者はこうして「AC持ち」が実際に操作できると確信を持っていたが、同時に見た目と発想の奇抜さ故にネタ扱いされるのは目に見えていた。
だが、別段それでよかったのだ。
2ちゃんねる(当時)の専用スレのほんの些細な賑やかし、でも『コレはウケる』という僅かな自信と、『本当に操作できちゃう所まで含めて面白いジョーク』という奇妙な作品を生み出せた事に満足を得て、2ちゃんねるのスレにそれを投下した。
結果は、思わぬほどの反響だった。
当時の2chまとめ記事
ねとらぼでも取り扱われた模様
難解な操作に対しての「AC持ち」というひとつの解答は、『見た目のインパクト』『実際に試すと行けそうに感じる思わぬ合理性』『既存のゲームと指操作の文化が完全に変わることの可笑しさ』という多段の刃を備えて、各地に波紋を生んだのだった。
某所では『冷笑を持って向かえられた』だの『操作難易度に対する皮肉に満ちたジョーク』だのと好き勝手に言われているが、AC持ちは本当に操作できて、それでいて面白おかしく暖かく受け止められた半実用・半ジョークの合いの子なのだ。
一人歩きする「AC持ち」
そして、いつの間にやら産みの親の知らぬところで「AC持ち」は、完全なる合理性を求めた『薬指派』なる派閥が産まれては主流と起源を掲げたり、第三者の無根拠で無責任な断定口調の説明によりどんどん説明に背びれ尾ひれが加えられて冒頭に記したような『本当にこれが標準スタイルである』『ジョークである』『アンチによる開発元への皮肉である』といった色々な説が好き勝手に流布されたり、NHKが公共の電波に乗せたり、twitter上で後継者が現れたりの紆余曲折を経て、今に至るのであった。
NHKに映り込む「AC持ち」
本当の発祥は些細な不満だった。
只々、『モンハン持ちをすると人差し指が痛い』というだけだった。
それを解決するためだけに産まれた「AC持ち」に、いつの間にか『使用可能な指を増やすことの合理性』や『開発元への皮肉』といった意味が後から付け加えられ、人々の間でいつのまにか「AC持ち」は正体不明の鵺になっていったのだ。
自分が生み出した概念が、自分の手から離れてゆく過程は非常に面白く、当時はまるで息子の成長を見守るようでもあり、また自分だけが真実を知っていることに対して愉悦を覚えたりもしたものだ。
つまりこの記事は
この記事は「ゲーム感想文コンテスト」という催し物に投稿するために些末な気持ちで書き始めたものだが、いつの間にか子供の成長日記のような、罪の独白のような、得も知れぬ何かになってしまったが、どうだろうか。多少の暇は潰せただろうか。
ほんの少しでも面白いと思ってくれたなら、筆者はそれで満足である。
いつのまにかミームになってしまった「AC持ち」も、かつては同じ様な思いで産まれたのだから。
合唱
世に平穏のあらんことを。
(2022/12/12追記)
AC6が発表されたので書き直しました。
Steam版も出ます。買いましょう。買え。