ハズキルーペのブランディング考察・後編〜3分で読めるブランドのチカラ (75)
○ 「読めな〜い!」TVCMが刺激した二つの心理的欲求
○ それは「達成欲求」と「不可侵欲求」
○ この二つが潜在購買者の共感を引き出して成功
○ 大物CMディレクターの案を退け、自ら陣頭指揮をとった会長の功績
渡辺謙が「こんな小さな文字は読めな~い!」と咆哮するハズキルーペのTVCMを観て、買おうか買うまいかグズグズしていた自分は一転してポジティブな気持ちになり、すぐにWeb通販で購入したと前回書きました。
アメリカの心理学者ヘンリー・マレーが発表した39種類の人間の欲求リストを本ブログの「其の38」ブランディングは脳科学⑧でご紹介しました。ハズキルーペのコミュニケーションは実はこのうちの2つの欲求を満たす強いブランディングをしているのではないかと思います。
その2つとは以下の二つ
◯ 達成欲求
◯ 不可侵欲求
ハズキルーペで達成欲求とは大袈裟ですが、要は困難や障害を乗りこえて目標を達成したいという気持ちのことです。小さ過ぎてできない作業をできるようにする、小さ過ぎる文字を読めるようにする・・・これも立派な目標達成です。
もう一つ、私の場合これが強く背中を押してくれたのですが、不可侵欲求。簡単言うと、自尊心を傷つけられたくないという欲求です。これってとっても強い欲求だと確信します。
メガネの上に掛けて字が大きく見えるならいいかも、と石坂浩二さんが演ずるU.S.P.アプローチ*1のTVCMを観て購買心が疼きながら、ルーペを掛けて書類を読むのは恥ずかしいなぁ、と尻込みしていた自分です。なんかいかにも老人だよなぁ、と自尊心がチラチラと顔を覗かせてブレーキをかけるんですね。
それが・・・渡辺謙さんが「新聞も企画書も、小さ過ぎて読めな~い!」と雄叫びを上げてくれたお陰で、読めないオレが悪いんじゃない、そっちが悪いんだ・・でもハズキルーペを掛けて読んでやるよ・・・となって、自尊心は傷付かないわけです。
超共感です。ブランディングの初期段階は好感を得ること、次のステージは共感を得ることです。ハズキルーペ、一気に共感ゲットのステージに行ってます。
ハズキルーペの「読めな〜い!」TVCMは二つの心理的欲求を刺激して共感ゲットの強いCMだったんですね。
実は渡辺謙さん咆哮篇の裏にはハズキルーペのトップの英断が隠れていました。
その人の名は松村謙三。企業再生を手掛けるプレヴェ企業再生グループを創業し、多くの企業のM&Aを手掛けてきた企業買収のプロフェッショナルです。
ハズキルーペはその案件のひとつです。氏は自らが会長を務めるハズキルーペの飛躍を狙って、それまでの石坂浩二さんやジュディ・オングさんが広告タレントで出演していたU.S.P.訴求型CMから、渡辺謙が「読めな~い!」と咆哮するCMに方向転換します。
松村氏は強烈なインパクトのある商品中心の広告を作りたかったそうですが、宣伝担当から上がってきた「大物」CMディレクターの広告案はどれもイメージCMばかりで、商品の事を語るのではなく自らの「作品」を仕上げることに注力している、と失望した氏は、自らが陣頭指揮を取って「読めな~い」CMを完成しました。それこそCMのプロデューサーを自分自身でやったわけですね。
広告代理店から見るとかなり「厄介な」社長さんです。😀
しかし・・・結果、このTVCMは大ヒット、製品の売り上げも爆発的に伸張しました。
本ブログの其の52 *2で、こんな事を書きました。
◯ そもそもミドルクラスはリスクの大きな提案はできない(伊藤邦雄・一橋大学名誉教授の著書「コーポレートブランド経営より)
◯ 上に忖度して練ったノーリスクなプランは、現場と決められない中間管理職の間を右往左往して、結局タイミングも逃す
◯ 即決するにはトップマネジメントが自ら乗り出す必要あり
◯ ブランディングは経営トップの仕事。下に任せる類のものではない。ネスレの伝説的会長の故マウハー氏の言。
松村氏はあるインタビューでマウハー氏の言を引用して同様のことを語っています。まさに氏はマウハー元会長のこの垂訓を実証してみせたんですね。
イメージCMやタレントCMではなく、商品を売るCMを作りたかったと氏はあるインタビューで語っています。広告業界で言うところの「ハードセル」*3です。
CMのテーマは「怒り」だったそうです*4。「怒り」で強烈なインパクトを出す。確かに渡辺謙さん怒って吼えてます。
でも。このCMの見事だった点は、「怒り」を媒介に「そうだ、そうだ!」というポテンシャルユーザーの、マレーの言うところの「不可侵欲求」=自尊心を守りたい、という強い潜在心理を刺激して、ブランディングの第二段階である共感を引き出した点にあります。達成欲求は元々ありますから、これが大きい。
ハズキルーペCMは、海外製の粗悪品と差別化する日本製である事を強調するために、ホステスが間違ってルーペの上に腰掛けてお尻で踏んづけてしまっても大丈夫であるとか、高級クラブでナイスミドル*5が掛けてスタイリッシュさを見せる・・・などマーケティング施策をサポートすることもしっかり押さえてます。ホステスがお尻で踏んづけて「きゃっ!」の演出は、セクハラ観点的にギリギリのところだと思いますが。😅
でも。やはり決め手はポテンシャル・ユーザーの共感を引き出した「読めな〜い!」咆哮にあると確信します。
商品ハードセルに見えて、薄皮一枚下は実に見事なブランド・イメージCMです。
最後に。
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*1・・・Unique Selling Proposition。製品サービスの競合力のある特徴を主に訴求する手法を意味するマーケティング用語。
*2・・・其の52 ブランドを語った偉人たち〜梶 雄輔 ⑦
*3・・・商品の特徴や機能中心に訴求する広告や販売手法。U.S.P.アプローチの一種ではあるが、よりストレートに、ベタに商品周りの表現に終始する。
*4・・・CM制作の背景は松村謙三氏の著作「自分の頭で考える」に詳しく書かれているはずですが、私はまだ読んでません。先入観を避けるため。
*5・・・舘ひろし・クラブ篇(筆者の命名です)
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