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  • Piece lights

    日常の一片(piece)をたばこの煙のように世の中へ拡散。 「lights」の表現は、健康への悪影響が他製品より小さいことを意味するものではありません。

最近の記事

『サンショウウオの四十九日』をよんで2【基礎教養部】

前回の記事はこちら 私とは何か 私とは何か。この問いはいつの時代も問われてきた。『サンショウウオの四十九日』が2024年の芥川賞に受賞したことは「自己とは何か」という疑問が、再熱を帯び、今の時代に何となく共有されていることを示しているのではないか。 現代は情報化社会とよばれる。大量の情報が生み出され蓄積され伝搬する。そしてそれを担うのはコンピューターである。 スマホは脳の一部みたいなものである。記憶、計算、情報処理を脳の外部に持ち出したものである。脳みそだけで記憶でき

    • 映画『悪魔と夜ふかし』感想とちょい考察

      2024年10月4日、日本での公開日の22時のレイトショーで鑑賞しました。題名通り「悪魔と夜ふかし」したかったのです。ネタバレあります。 デヴィットダストマルチャンがハマってた 「アントマン」や「ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結」「プリズナーズ」「オッペンハイマー」などで出演していて気になっている俳優でした。彼が主演を務めるというのでこの映画を見にいくことを決意しました。今調べると「ダークナイト」にも出演していたらしい。ダークナイトに出ていたのは知らなかったけ

      • 朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』を読んで【基礎教養部】

        朝比奈秋さんの『サンショウウオの四十九日』を読みました。その感想です。 なぜオオサンショウウオなのか? 本のタイトルにもなっているサンショウウオ。本書を読んで最も疑問に思ったのが、なぜ杏は陰陽図を見たときに魚ではなくサンショウウオだと思ったのか。初めて杏がこの図を見たとき 「陰陽魚という別名もあって、たしかに二匹の魚の様にも見えますよね」 という説明を聞いて、魚というよりはオオサンショウウオに見えてくる。と感じている。陰陽魚という説明までしてなぜわざわざサンショウウオ

        • 女は生まれながらに女なのか

          中島義道の『純粋異性批判』を読み、コミュニティーメンバーとテキスト上で女の子扱いとはどのような行動なのかという話をして、結局女ってなんなんだろうと考えた。  女という言葉は現代には追いついていない。見る人、使われる文脈によって解釈のしようが他の多くの言葉に比べて多様で複雑である。たんに女と言っても、生物学的な分類による女(セックス)と、社会的な性差を表す女(ジェンダー)の区分があるが、これらの区分自体もはっきりとしたものではない。前の記事では女と男の違いは性染色体の違いだと

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          1本

        記事

          純粋異性批判 女は理性を有するのか?

          コミュニティーメンバーのYujinさんより紹介していただいた中島義道の「純粋異性批判 女は理性を有するのか?」を読んで考えた文章です。Yujinさんのnote記事のリンクを貼り付けておきます。 男と女の違い 性染色体 人間のオスとメスの違いは性染色体の違いである。オス(男性)は1本のX染色体と1本のY染色体を持つ(XY)。メス(女性)は2本のX染色体を持つ(XX)。たったそれだけである。生物学的な性(sex)である。社会的、文化的に基づく性自認の性(gender)ではない

          純粋異性批判 女は理性を有するのか?

          交換様式Dから見る利他【基礎教養部】

          はじめに 近内悠太さんの『利他・ケア・傷の倫理学「私」を生き直すための哲学』を読みました。この記事はその読書レポートです。 少し前に、柄谷行人さんの「力と交換様式」を読みました。そこで柄谷さんのいう交換様式Dが私の中で利他の概念と結びついたので、利他について考えてみようということで、この本を読みました。率直な感想としては、哲学書としては受け入れられなかったです。Amazonの商品紹介ページに哲学論考と書かれていましたが、どちらかというと随筆や自己啓発の側面が強く出ていると

          交換様式Dから見る利他【基礎教養部】

          「作曲の科学」フランソワ・デュボワ

          作曲は難しそう。自分には出来そうもないというイメージを持っていた。だが、本書を読んで私の中での作曲のハードルがグッと低くなった。作曲に対してこんなもんでいいんだという感想を持った。 ト音記号やヘ音記号、長調や単調など義務教育の音楽の授業で習ったものの、なんとなくでしか理解していなかった音楽理論を復習できた。 私の音楽最終学歴は中学校だ。音楽の構造について全く知らなかったけれど、本書は分かりやすく説明する。音楽をしない多くの人にとって楽譜というのは呪文のように感じられるだろ

          「作曲の科学」フランソワ・デュボワ

          【基礎教養部】「生きのびるための流域思考」岸由二著

          JLAB基礎教養部の活動で作成しました。 今月は私が書評の担当でした。imadonさんチクシュルーブ隕石さんのnote記事も参照されたし。 選んだ本は岸由二さんの「生きのびるための流域思考」です。 選んだ理由は、流域思考という言葉に惹かれたからです。この本を紀伊國屋書店でたまたま見つけた時、「流域思考、なんじゃそりゃ!?」と思わずマガジンマークが出てしまいました。ビジネス書には論理的思考や、批判的思考、デザイン思考などたくさんの〇〇思考がありますが、流域思考など聞いたこ

          【基礎教養部】「生きのびるための流域思考」岸由二著

          【基礎教養部】『発達障害「グレーゾーン」その正しい理解と克服法』岡田尊司

          私は高校生の頃にストーカーまがいの被害の経験がある。記憶の奥の方に閉まっていたけれど、この本を読んでそれを思い出した。今まで忘れていたけれど、これが私のトラウマになっていることをはっきりと自覚した。私にストーカーをした人(Tさん)はずっと、本当にずっと私に付きまっとてくるタイプで、本人に自覚はなかったのだろうけれど人との距離感を測るのが苦手な人だった。それに、物理的にも接触距離が近く、土足で私のパーソナルスペースにずけずけと踏み込んでくるから怖くなった。その上、自分の思い通り

          【基礎教養部】『発達障害「グレーゾーン」その正しい理解と克服法』岡田尊司

          『足の裏に影はあるか?ないか?哲学随想』入不二基義【基礎教養部】

          書評はこちらに書きました。読めばこの本を読みたくなります。(公開までお待ちくだされ) 現実は必然的に限定されたものとしてのみ現れる 筆者がこれだけは疑い得ないものとして思考の上での公理として用いているのが「現実は必然的に限定されたものとしてのみ現れる」ということである。この公理が、「ほんとうの本物」(リアリティ)を探るプロレス論の根幹に存在している。 現実に現前したものには、もはや可能性はない。現前してしまったものはそうでしかあり得ないということである。これは運命論者の

          『足の裏に影はあるか?ないか?哲学随想』入不二基義【基礎教養部】

          『神さまと神はどう違うか』

          私は宗教や神さまの話になるとウッと身構えてしまう。というのも、通っていた高校がキリスト教主義の学校で当時のトラウマがそろりと顔を覗いてくるからである。私は正直に申すと、宗教や、神さまというものが大嫌いなのである。 学校に来て席についてまずはじめにすることは讃美歌を歌うことである。午前8時40分になると校内放送で讃美歌が流れてくる。それを歌い終えると教室内で決められた範囲の聖書を読み、教室にいる全員で「主の祈り」を唱える。「主の祈り」というのはキリスト教での祈りの基本形みたい

          『神さまと神はどう違うか』

          『人類はどれほど奇跡なのか』

          西住さんに紹介していただいた『人類とはどれほど奇跡なのか』を読んで作成したレポートです。西住さんのnote記事は以下参照: 本書を読むよりも先に西住さんのnote記事を読んでいたせいか、私が本書を読み終えた後に最初に浮かんだ疑問は「はて奇跡とは一体なんだろな?」ということだった。というのも、本書を読む前は人類はどれほど奇跡的で、どんなふうに奇跡的な存在なのかなぁとワクワクしていたのだが、読み終わってみると、あらかた予想通りで、確かにそうだよねと思わず落胆してしまった。 本

          『人類はどれほど奇跡なのか』

          ヘブンズドアー

          みすず書房、モンティ・ライマン著、塩﨑香織訳『皮膚、人間の全てを語る 万能の臓器と巡る10章』を読んだレポートです。 私にはお気に入りの傷がある。小学校に入学して間もない頃、何度も練習して十分に自転車に乗れるようになった私は、住んでいた市内で最も大きい公園で家族で休日の時間を共にすることになった。その公園内の長く急な傾斜の坂道を私は自転車でぶっ飛ばした。自転車に乗れるようになって初めて感じる風の抵抗と気持ちよさに夢中になっていた私は気づけば、もう簡単には止まれないスピードを

          ヘブンズドアー

          退屈な物語を今日もまさぐる

          この記事はJLAB基礎教養部の活動で作成したものである。蜆一郎さんに紹介していただいた國分功一郎の「暇と退屈の倫理学」と 蜆一郎さんの作成した記事を読み私が素朴に感じ、考えたことを記載している。 最近とても暇である。2023年の4月に北海道大学の農学部生物資源科学科に進級した。現在、週に授業が8回しかない。そのうちの1回は農場実習といって、畝にマルチシートを貼ったり、田植えをしたり、リンゴの摘果をしたりしている。これまでの人生の中で一番のほほーんとしている。大学生は人生の夏

          退屈な物語を今日もまさぐる

          『音楽の聴き方』【基礎教養部】

          この記事はJLAB基礎教養部の活動で作成したものである。Naokimenさんに紹介していただいた岡田暁生の「音楽の聴き方」と Naokimenさんの作成した記事を読み私が素朴に感じ、考えたことを記載している。 小中学生の頃の同級生が弾いていたピアノが好きだった。弾いている姿はとても素敵で、私は何もできないのに彼女がその手で美しい音色を奏でられることに嫉妬した。それから母の持っていたジョージウィンストンのCD、「AUTUMN」を繰り返し再生して、ピアノの生み出す世界に何度も飛

          『音楽の聴き方』【基礎教養部】

          カニ食えるなら虫も食えるでしょ

          目を覚ませ  まず、下のズワイガニをまじまじと見てほしい。  「美味しそう」って思った人はカニの美味しさに洗脳されている人だ。しかし、洗脳されるのも無理はない。誰でもカニを一度食べてしまえばその美味しさの虜になってしまう。でも、その味をいったん忘れて(そんなことはカニの美味しさを知った後では不可能だが)カニを凝視してほしい。  キモい。ブツブツの表面に長くて多い脚で、蜘蛛みたいなシルエット。三島由紀夫は彼の著書『不道徳教育講座』で「カニという漢字を見ただけで、その形を如

          カニ食えるなら虫も食えるでしょ