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人生、斜に構えれば楽に生きられる。2

「頑張る」ということ

 受験シーズンになると「頑張れ!」という応援の言葉を、よく聞くようになる。そこで、今回は「頑張る」ということについて考えてみる。

 「頑張る」という言葉は、一見良い言葉のように見えるが、実はそうでもない。

 「頑張る」の語源は「我を張る」ということで、「自分を押し通す」という意味になる。

 つまり「頑張る」ということは、「競争し、自分の利益を優先させること」になる。だから受験で「頑張れ」ということは、理にかなっている。だって自分の利益のために、他人を蹴落とすわけだから。

 すべからく人は競い合って、自分の優位を確保しようとする。だから「頑張る」のだ。

 「競争することによって人は自分をさらに高める」。よく聞く言葉。でも言い換えれば「人を蹴落とすことによって、自分の利益を増やす」とも言える。

 決して否定するつもりはないが、すべての人が「頑張る」必要があるのでだろうか。世の中には「欲」を持たない人だって大勢いる。競争を好まない人だって大勢いる。頑張らなくても生きていくことはできるのだ。

 「頑張らない」と怠け者のように言われそうだが、そんなことはない。「欲」を持たなければ、我を張る必要もない。人に譲ってやればいい。

 頑張ってお金持ちになったとしよう。お金持ちは、さらにお金持ちになるために頑張る。「頑張り」には終わりがない。さらに他人を蹴落として競争に勝たなければならない。

 食べていけないほど貧乏になるのは考え物だが、頑張らなくても生きていける環境なら、あえて頑張らなくてもいいのではないか。

 「頑張る」ことをやめる選択する人たちも増えている。人と争わず「身の丈」にあった生き方をする、貧しくても精神的に豊かな暮らしを選ぶ若い人たちが増えている。

 例えば田舎に移住して、過疎の住民たちを助けながら農業をするなど色んな選択肢がある。

 誰もが同じ方向を目指して「頑張る」時代ではないと思う。必ずしも競争に参加したり、勝つ必要はない。

 自分が良いと思えば、それは「良い」ことなのだ。人から見て「なんて馬鹿なことを」と思われても、自分が満足なら、それは「馬鹿なこと」ではない。

 今は情報も簡単に手に入り、生き方の選択肢も増えている。「頑張る」生き方に、ほんのちょっと疑問を持ってみないか。

 「頑張り続けている」人は、「頑張る」ことから、なかなか抜け出せない。でも「頑張る」ことをやめることは、いつでもできる。

「頑張らないこと」がベストなどとは言わない。でも人生の中で、ちょっとの間でも「頑張らない」選択をすることは、決して悪いことではないと思うのだ。

 

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