人生、斜に構えれば楽に生きられる。1
「一生懸命」ということ
「一生懸命」とは、文字通り取ると命がけで生きるということ。元は鎌倉時代に生まれた「一所懸命」という言葉で、武士が命がけで自分の土地を守ることからきている。食べることが生きることであった時代にあっては、食べ物を作る土地を守ることは、文字通り命がけであったことは想像に難くない。
では現在ではどうだろう。仕事で、スポーツで勉強で「一生懸命」という言葉が頻繁に使われる。
でも、ちょっと斜に構えて考えてみよう。そんなに命がけで仕事やスポーツ、勉強をしなければならないのか。
いくら仕事を頑張っても死んでしまえばどうしようもない。スポーツだってそうだ。体力や技術が衰えれば、そこで終わり。残りの人生のほうがはるかに長い。勉強だって、みんなが東大に入れるわけではない。
一生懸命の対義語を見ると「中途半端」や「いい加減」という言葉が出てくる。一生懸命でないとみんな中途半端な生き方しかできないのか。そんなことはない。
そもそも中途半端でない生き方ってなんだろう。一生懸命に勉強して、スポーツも頑張って、一流企業に入り(または高級官僚になり)出世して、立派な家を建て、高級外車を乗り回す、こんなイメージだろうか。
そもそも幸せという概念は、相対的なものであり絶対的なイメージではない。お金持ちはもっとお金が欲しいし、いつも美味しいものを食べている人は、ありがたみも感動もない。
私は「一生懸命」の対義語である「いい加減」を推奨したい。ただし、この場合「良い加減」と表記したい。あんまり怠けすぎて仕事も勉強もしないという生き方は否定はしないが、個人的には肯定もしない。
食べていけるほどに適度に仕事し、適度に遊び、精神の自由を謳歌する。これこそ私の理想だ。企業から見たら、いい社員じゃないかもしれないが、会社のために自分を犠牲にする気は毛頭ない。
私もかっては「一生懸命」生きるタイプの人間だった。そこそこ知名度のある企業に入り、成績も悪くなかった。でも仕事は辛かった。家庭の事情で転職したとき、自分が楽になったことに気が付いた。
いわゆる「ドロップアウト」。世間的には、いい意味で使われないが、これで出世を望むような仕事はしなくていいと思った。その後、幾度か転職はしたが、それでも生きている。世の中、思うほど悪くない。欲を捨てれば生きることは難しくないし、楽しいこともある。
生きることが苦しかったり、辛いと思っている人は一度自分が背負っている「一生懸命」という荷物を捨ててみよう。人生のレールは一本じゃない。荷物を捨てて身軽になって無限のレールから自分のレールを探そう。人生は有限なのだから。
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