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【部下を推す話】[21] 手振りチャレンジ

以前ちらっと書いたが、部下Aは職場の最寄りのバス停を通勤で利用している。
わたしは車通勤だ。駐車場がバス停より奥にある為、Aと一緒に職場を出るとAとはバス停で別れることになる。
わたしは愛車で帰路に就くのだが、その際に先程Aと別れたバス停の前を通り過ぎる。バスよりも先にバス停の前を通ることが出来ればバス停で佇む推しを拝むことが出来る。
バス停から駐車場までは少し距離がある為、推しを見たいわたしはいつもAと別れた後に急いで駐車場に向かうのだ。


ある日、いつも通り愛車でバス停前を通るとAが居るのが見えた。
そして、ふと気付く。Aがスマートフォンから目を上げこちらを見ていることに。そのまま、通り過ぎるわたしの車を顔ごと目で追ってくる。

-おや? 気の所為かな?

AもBもわたしの車を知っている。わたしの車と気付いて見ていても不思議ではない。
しかし、なんとなく目の前を通る車を目で追った可能性もあるだろう。そう思ったのだが、バスより先にバス停前を通る度、明らかにAと目が合っている。

そんなことが数回続いた。推しと目が合う度に思わず笑顔を浮かべていたが、動く車の中から笑い掛けても視認し辛いのでは、と思い付いた。
出勤時に車の中からBを見付けた際はわたしは全力でBに手を振る。Bは頭を下げて応えてくれる。
Bに手を振るのだから、Aにも手を振っても罰は当たらないだろう。そう思い、次は絶対に手を振ろうと決めた。


手を振ることを決めてから数日。バスより先にバス停を通れない日々が続いた。
朝Bを見掛けられなかったり、帰りにAが居なかったりすると少し残念な気持ちになる。朝と夜の推しの摂取は大事なのだ。

更に数日後、Aと残業した帰りにやっとチャンスが訪れた。
車の中からAを見掛ける。Aと目が合う。手を振る。返ってくる無反応。

-あれ、実は目が合ったと思ってるのやっぱり気の所為だった?

しかし視認されている可能性がある以上、一度始めたことを辞めてしまうと「ねこのさんが手を振ってくれなくなった」と思われる危険性がある。Aは大変繊細なのでそれは避けたい。
それに何より、わたしが手を振りたいから振っているのだ。反応があれば勿論嬉しいが、そこまでは求めていない。

こうして、わたしの手振りチャレンジが始まった。



車からAに手を振ることを始めてから1ヶ月が経った頃、Aが車の方を見なくなった。手を振られるのが嫌だったのかも知れない。わたしはシュンとしてしまう。
元よりAがスマートフォンを見ていて顔を上げない時には手を振らないでいた。
こちらを見ていない時でも手を振るべきか否か。大変悩ましい。
結局、Aがこちらを見なかった数回は手を振らないで前を通り過ぎてしまった。

-だけど、前を通る度、サイドから明らかに視線を感じる気がするんだよなぁ…。


それからまた暫く経った頃。
やはりAはバス停でスマホを眺めていた。今日も手は振らないでいようかな、と思った次の瞬間。
Aがそのままの体制でちらりと視線だけ投げてきた。目が合う。反射で手を振る。あまりに嬉しかったので、わたしはいつもよりニッコリしてしまう。

それからAは顔ごと向けずともちらっとこちらを見るようになった。
もしかしたらわたしが気付いてなかっただけで、手を振らなかった時もこちらを一瞬見ていたのかも知れない。
どちらにせよ嬉しい。わたしはニコニコと手を振る。

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そうして先日。

各方面からの流れ弾が激し過ぎて気付けば一日が終わっていた。突発事項に対応していた為、元のスケジュールで組んでいたわたしの仕事が8割ほどしか終わっていない。わたしもAも残業に突入である。

「今日、自分、残業する予定なかったんですよね…。」
「奇遇だね、わたしもだよ。」

定時で即帰るつもりだったわ…とわたしは溜息混じりに漏らす。
思い返せばその週は月曜日から何かがおかしかった。イレギュラーばかり起きなくても良いのに、月曜日からずっとイレギュラーばかりだった。

「悪いね、付き合わせちゃって。」 
「いえ、自分も仕事あるので。」

Aと2人で各々の仕事に向き合い、手を動かしながら偶に話をする。
各自の休みと業務の関係で翌日から5日間Aに会えなくなるので、その前の充電タイムと思えば残業も悪くない。
わたしは自分の仕事が終わったところでタイムカードを切り、Aの仕事が終わるのを待つ。
2人で残業している時はなんとなく2人で職場を出るようになっていた。たぶん、お互い相手が無理しないか心配なのだと思う。
間もなくAも仕事を終え、フロアの鍵を閉めて会社を後にした。

いつも通りバス停で別れる。

「いつもありがとう! お疲れ様。」
「こちらこそありがとうございます。また来週ですね。」

5日間推しに会えない生活に耐え切れるかしら、と思いながら車に急ぐ。
愛車に乗り込みバス停近くに差し掛かれば、まだAの姿があった。Aとしっかり目が合う。わたしは目元を緩め、手を振る。そして。

「!!!!!」


手を振るわたしとしっかり目を合わせたまま、Aが小さく手を上げてきたのだ。
Aの前を通り過ぎた途端、わたしは運転しながら荒ぶってしまう。

推しが応えてくれた! 
間違いない、目を合わせたまま小さく手を上げてくれた。可愛いが過ぎる。

-神様、今の光景と喜びを反芻して5日間頑張れそうです。

仲の良い弟にも報告してしまったくらいなので、我ながら相当嬉しかったのだと思う。


わたしの手振りチャレンジは3ヶ月目にして見事花を咲かせたのだった。
次回以降、どうなるのか今から楽しみにしている。

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