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私のこと、聞いてください…在日兄帰化

前ページの続き、

チッチャアンちゃん....

オッキアンチャンと同時にいなくなった。
一緒かもしれない。
確信はない

チッチャアンチャンは、優等生だったと、
子供の頃、聞いていた。
弁護士になりたいと、
も、聞いていた。

私は、チッチャアンチャンのように、
頭が良くなりたかった。
そして、弁護士の仕事がなんだか
知らないのに、私も弁護士になりたいと
小学校で同級生に話していた記憶がある。

20歳前故郷を脱出し、東京で仕事についた。
そして、チッチャアンチャンを探し始めた。
最初にしたこと。
チッチャアンチャンが入学希望していた
大学で在籍、卒業名簿を調べてもらった。
それらしき名前はなかった。

当時は個人情報保護制度は緩やかだった。
役所である程度の書類だったら閲覧させてもらえた。

だが、....

90年代前半から家族以外、第三者への個人情報開示閲覧は禁止になった。
私は、彼らにとって法的には「第三者。」
チッチャアンチャン、オッキアンチャンが私の兄だと証明できる書類がない。

だから彼らの外国人登録の原簿コピーを取り寄せることも、
閲覧することもできない。

私たちが住んでいた市役所で2人の行方不明に「事件性」があれば、
警察を通して、外国人登録の原簿をチェック出来る可能性がある。
と言われた。

日本にいないかもしれない。
2人とも。それ以外は考えつかなかった。

ある日、

日本国籍を取得した外国人の情報が官報に掲載されることを知った。
まさか、とは、思ったが、誰でも調べられる官報の情報なので、
それも無料で、役人からいちいち目的も聞かれない。

ところが、
なんと、チッチャアンチャンの名前、ヒットしたのだ
驚いた。予想外だったから。
2020年9月、隣町の図書館内のオンライン官報でだ。
彼は1971年、日本国籍を取得していた。

だったら、オッキアンチャンは?

検索欄に名前を入れた。
ヒットした。ただし、
日本国籍取得者ページではない。
「行旅死亡人」ページであった。
2001年品川区内の病院で死亡。
身元不明者として。

オンライン官報で
生き別れてから50年後2人の兄、
オッキアンチャンとチッチャアンチャンの人生の一部を
知ることになった。




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