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【不思議な話】静岡奇談

小学3年生の時、静岡に転居した幼なじみの家に家族で遊びにいった時の話。
里奈ちゃんは八重歯がチャームポイントのかわいい子。彼女の父親と僕の父が職場の友人ということもあり、夏休みを利用して遊びに行くことになった。
初めて新幹線に乗り、初めて富士山を間近に見る。静岡に着き、里奈父が運転する車で急勾配の山を登る。しばらくして平屋の家が見えてきた。玄関をくぐると土間があり、やたらと天井の高いだだ広い空間。真ん中には囲炉裏があった。いわゆる古民家だった。
父と母は里奈父のご両親にご挨拶を、と奥へ。残された僕は里奈ちゃんと2年ぶりに再会し、大いに照れてしまったがすぐに打ち解けた。

たしか二日目のことだった。大きな家の中で僕らはかくれんぼをすることにした。家は平屋で渡り廊下を通じていくつもの部屋につながっていた。鬼は里奈ちゃん。僕は渡り廊下をそっと歩き、廊下の真ん中くらいで襖(ふすま)を開けた。10畳ほどもある広い畳部屋。薄暗い部屋の正面には仏壇と衣桁(いこう)に掛けられた紺色の着物とその前に横を向いて佇む老女の姿があった。やや猫背で髪は白く、衣桁に掛けられたものと同じ紺色の着物を着ていた。突然の闖入者に驚いたのかぎこちなく首をかしげ僕を見た。
「ごめんなさい!」僕は慌てて襖を閉めた。
『おばあちゃんがいたのか…』僕は少し不思議に思った。
昨日の晩に囲炉裏を囲んで食事をしたのは僕と両親と弟、里奈ちゃんのご両親、里奈ちゃん。ご近所のおばさん二人(たぶん里奈母のご友人)。
おばあちゃんは見かけなかった。
しかし里奈ちゃんとのかくれんぼの方が重要度は高かったのですぐに忘れた。

夜になり、囲炉裏を囲んでの食事。ふと目をやると里奈母がお盆に乗せた朱い漆の茶碗にご飯やおかずを持って席を立つのが見えた。
「おばちゃんはどこに行くの?」隣にいた里奈ちゃんに聞く。
「あれはおばあちゃんのご飯だよ」ああ、やはりおばあちゃんがいたんだ。たぶん事情があって一緒に食事が摂れないのだと僕は理解した。

それから数日間、僕は里奈ちゃんと夏休みを満喫した。
昼間は山に虫取りをし、夜は花火をし、井戸にとまったセミの羽化を観察し、キュウリで馬を作り、天井から落ちてきたデカいムカデにビビるなど充実した日を過ごした。

里奈ちゃん家を離れる前日の朝、囲炉裏を囲んで食事をしていると里奈父がしんみりと父と話しだした。
「いやー、昨日、親父にあったんだよ」
「親父さんに?」
「夜中にお袋の声がして目が覚めて廊下に出たんだ」

長い渡り廊下のすぐ真横は山というか崖。今なら土砂崩れを心配するような立地だ。
「お袋が言うには親父が山から帰ってくると」
「で、廊下から山を見上げていたら人魂なのかね?白いフワフワした丸い塊が斜面を転がるように降りてきた」
「そいつはガラスをスゥとすり抜けて俺の前に漂っていてね。少しモヤみたいに広がるとそのまま仏壇のある部屋に吸い込まれていったよ」

里奈母が言った。
「ちゃんとお盆に帰ってくるものねぇ」
僕は「おぼん」というものを知らなかったが、たぶん死んだ人が家に帰ってくる日のことだと理解した。
「そうか…。じゃあ後で改めてご挨拶していくか」
父が箸を止めて静かに言った。

朝食を終え、しばらくして父が立ち上がった。
「ご挨拶に」

大人たちの後ろをついて廊下を歩く。里奈父が襖に手を掛けた。先日、僕が開けた襖だ。
音もなく襖が開きフワっと線香の匂いがした。広い部屋の正面に仏壇。その脇に衣桁に掛けられた紺色の着物。おばあちゃんは不在だった。

里奈父と里奈母が並んで仏壇に手を合わせた。
次に僕の両親と弟が並んで手を合わせた。
最後に僕と里奈ちゃんが並んで手を合わせた。

大きな仏壇には朱色のお椀があり、ご飯が『にほん昔話』みたいに盛られていた。そして仏壇の中には複数の白黒写真があったが特に大きな2枚のセピア色の写真。一枚は口を真一文字にした老人。おそらくこれが昨日の夜に会いに来た里奈ちゃんのおじいちゃん。そして、もう一枚の写真の人物に僕は見覚えがあった。

「あ、この前のおばあちゃんだ」
「おばあちゃんに会ったの?」
里奈母が僕の顔を見る。
「家の中でかくれんぼしたときに、このお部屋で会ったよ」
僕の言葉を聞き、大人たちが顔を見合わせる。
「やっぱりお盆だなぁ」
「本当にあるんだな」
「お義母さんを迎えにいらしたのね」
「シジュウクニチは過ぎてるし」
「亡くなられてどのくらいだっけ?」
「4ヶ月かな」

大人たちの話はよくわからなかった。
それから僕と里奈ちゃんは最後の一日を目一杯遊んだ。

次の日、僕は東京に帰るため車に乗り込む。寂しくないといえば嘘になるが、僕はなんとなく理解していた。会おうと思えばいつでも会える。里奈ちゃんのじいちゃんがそうだったように。だから里奈ちゃんに笑顔で手を振った。(了)

#不思議な話 #怪談 #ホラー #奇談  #静岡 #お盆

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