レッスンを遊びにアレンジ
1998年3月
豊中市では統合保育を積極的に進めていたので、その基本となる考え方を保育士や親は学ぶ機会があった。その考えとは「子どもは大好きな母親の真似をするものだから、母子関係が親密になれば母親を真似て喋りだす」というものだった。目が離せないので、健常児よりもずっと長い時間私と一緒にいるあきひろが、それで話せるようになるとは思えなかった。
保育所の2年目、最終年度の5歳児クラス(きりん組)になり、加配のH先生は引き続き担当してもらえることになり、クラス担任はK先生に変わった。H先生とK先生は、あきひろの担当とクラス担任という立場を時々替わって、クラスの中であきひろがどう過ごしていくか、ということを常に考えてくれていた。
あきひろは、少しずつきりん組の部屋で過ごせるようになっていたが、あきひろが部屋で何かをしていると、クラスの子どもたちが集まってきて、あきひろはそれを嫌って部屋から出て行ってしまう、とH先生が残念そうに話してくれた。
そこで、あきひろはエコーができるので、「やめて」「あっちいって」という言葉を教えることにした。くすぐりは、あきひろが喜ぶけれどあんまり続けると嫌なので、あきひろをくすぐり続け、「やめて」と言ったら止めるということを繰り返した。そうして「やめて」と言えば、嫌なことから逃れられるということを教えた。「あっちいって」も、あきひろが嫌がるほどくっつき、「あっちいって」と言えば離れる、ということを繰り返して教えた。
そのことを保育士さんに話し、あきひろの周りに子ども達が集まって嫌がった時に、あきひろに「あっちいって」と言わせて、保育士さんに「あっくんは今、一人でやりたいねん」とフォローしてもらった。「あっちいって」という否定の言葉を使うことは、少し勇気がいるけれども、それであきひろは部屋を出ていかなくても済むようになった。周りの子ども達も、言葉の少ないあきひろの意思をわかってくれた。
そんなこともあって担任のK先生が、発達研究所アトムのレッスンの様子を見学にきてくれた。K先生は、「私たちは毎日あっくんと接しているのに、なぜ月に一回しか会わないT先生とあんなに楽しそうにやり取りをしているのか、と思った」と、率直な感想を話してくれた。私は、私と一緒にいる時のあきひろしか知らないので、それは新しい視点だった。レッスンでやっていることなら、保育所でお友だちともできるかもしれない、ということで、遊びにアレンジをして、K先生に実践してもらった(他者との関わり①、他者との関わり②)。
きりん組の子どもAちゃん、Bちゃん、Cちゃんは、それぞれ違う絵カードを持っていて、Dちゃんは誰が何のカードを持っているか知っている。
K先生→あきひろ「りんごのカードを持っているのは誰かな。Dちゃんに聞いてきて」
あきひろ→Dちゃん「りんごのカードはだれですか」
Dちゃん→あきひろ「Aちゃんです」
あきひろ→K先生「Aちゃんです」
Aちゃんがみんなにカードを見せて、K先生が「あっくん、大成功!」とあきひろをくすぐる。
これは思いがけず一回目から上手くいき、役割を演じるのが面白かったのか、子ども達も喜んで参加してくれた。保育所終了の間際のことで、そこから展開できなかったのは残念だったけれども、小学校入学を控えて貴重な経験となった。