キー部1%で大岡俊彦さんとお会いして、伺ったこと、お話ししたこと、考えたこと
何回か書くかもしれないキー部 1% - connpassシリーズ。
唯一ほんのりやり取りしたことのあるDaily Craft Keyboardの店主ふくさんが不参加となったことで(ご自愛ください……)マジで一人も知り合いがいないイベントと化したキー部。
前の記事で書いた改造キーキャップ装備wings42xをすみっこに展示し、会場をふらふらするうち、まず目に付いたのが大岡俊彦さんのブースだった。
大岡さんは現役の映像監督・脚本家でありながら、文字入力メソッドや自作キーボードの分野でも「薙刀式」シリーズによって存在感を放つ人物だ。
がしかし、完全ぼっち状態の僕は遠慮会釈を投げ捨て、前説が終わった瞬間に薙刀式Tシャツをまとった紳士をとっ捕まえては、「大岡さん大岡さん! あのバビロンについてお話を! dmm.makeにあるやつとバージョン違いますよね?」と突撃インタビューをかましていた。
新型バビロンについて
まず、すでに販売中のバビロンがこれだ。
ご本人のようにカフェやファミレスで使う根性は入ってないものの、自宅で使おうかと購入を検討したことがあった。
しかし、このバージョンではマウスはおろか、トラックボールを置くスペースもなく、YouTubeの操作やらなんやらでポインティングデバイスを手放せずにいる僕は、ちょっとないなと諦めたものだ。
しかし、新型バビロンはコンセプトを大きく変えていた。
大岡さん曰く、「大きい板を3Dプリントで作ろうとすると高いんで、板は別に用意すればいいじゃないかと」。
この発想の転換により、新型バビロンはトラックボール程度なら搭載できるものに進化していた。
(その代わり、テンティング機能はオミットされた。進化とはそういうものだ)
上記ブログ記事になかった情報としては、板を蹴り飛ばして(出先で)大惨事を起こしたことがあったため、ホルダー部分をリング状に変更することを考えておられるらしい。
僕もわりと脚は動かす方なので、同じ惨事に見舞われることは容易に想像できる。ぜひとも販売の暁にはリング状にしていただきたいが、それはそれで、蹴っ飛ばした際に本体を粉砕しそうな気もする。
オールコンベックスキーキャップについて
こちらは完全な新作、というか、従来の薙刀式キーキャップとは真逆ともいえる方向性のものだ。
長くなるよ。
「寝返りを打てる」新たなエルゴノミクス概念
開発に至る経緯はライトニングトークで説明されていたが、キーワードは「寝返り」。
従来のエルゴノミクスデザインの基本理念は、製品の形状を人間の肉体に合わせることだ。
サドルプロファイルも、その理念を踏襲している。キートップの群れが形成する面を、大きな球面に添わせることによって手に馴染ませる。さながら太極拳の「抱球」だ。
例えば、キーレイアウトにおけるカラムスタッガードも、同様の理念に基づいている。長い中指で押す列は遠ざけ、短い小指で押す列は近づける。手の形状に添った、自然な配列というわけだ。
しかし、今回のライトニングトークで、大岡さんはその理念に疑義を投げ掛けた。
それでは、人間は「ベストな姿勢」に押し込められてしまう。姿勢を決めつけられることが、本当に自然なのか? 自然とは、喩えれば「寝返りを打てる」ことなのではないか?
人間の肉体は、常に一定の状態にはない。体調や天候、その日によって、いやその時によって変わる。「常に同一のベストな姿勢」など、そもそも存在しない。
「常に同一のベストな姿勢」を強いられるのは、「窮屈なエルゴノミクス」にすぎない。
だとすれば、製品の形状を人間の体に合わせる必要はない。純粋に幾何学的な形状でいい。キーレイアウトでいうなら、格子配列(オーソリニア)だ。
最近僕がモヤモヤ考えていたことを、ハッキリ言葉にしてもらった気分だった。
実はカラムスタッガードからオーソリニアへの乗り換えを検討していたのだが、理由はおおよそそういうことだ。
しかし、単に人間が製品に合わせればいいと言ってしまえば、それはエルゴノミクスでもなんでもない人間疎外だ。製品は製品で、人間の状態がどう変わったとしても「合わせやすい」ものでなければエルゴノミクス的とはいえない。
それをキーキャップで表現したのが、このオールコンベックスキーキャップといえよう。
従来のキーキャップは、キートップ形状に曲面を採用する場合はコンケイブ、つまり平面に対して抉れている。
真っ平らなフルフラット形状に比べると、その方がキースイッチの「押し込み」が安定するし、指の置き場所が直感的にわかりやすい。
しかし、親指で打鍵するキーについては、フラットやコンケイブだと角が当たって痛い。そのため、当たりを柔らかくするコンベックス、つまり膨らんだ曲面形状が、主にスペースバーなどに採用されてきた。
しかし、これを全キーに採用するならば、キーに対する指の「進入角度」は遥かに自由になる。
特に、いわゆる「撫で打ち」を行う場合、指は真上というより横から進入するので、コンベックス形状の方が当たりも柔らかく、打鍵しやすいだろう。
質疑応答によれば、キーキャップ全体のフォルムが、一般的な四角形でなく円形であるのは、単に「設計しやすかったから」であるらしい。
しかし、想定される打鍵スタイルを考慮すれば、もっとも進入角度を広く持てる円形が結局相応しいといえる。
親指だけは別で、親指こそが本質
「隣り合うキーが同じ形状をしていない」サドルプロファイルとは対照的に、この新作はほぼほぼ同形状の水平・対称デザインでまとめられている。
その中で、唯一の例外が最下行、いわゆるサムクラスタの内側に位置するキーで、内側・手前側に傾いた角度になっている。この「つまむように打つ」独特の形状は、薙刀式3Dキーキャップ及び、その原型たる木ーキャップから受け継がれているものだ。
dactyl-manuform系の立体キーボードにも近いといえる。
薙刀式3Dキーキャップ【choc】【狭ピッチ16mm用】は僕も愛用していて、Gravity Keycapsの導入後も親指はこれ(+Kailh Chocスイッチ用キーキャップRSX)だ。
正直、ナイロン素材が本当に汚れやすくて、ズボラな僕はもっとメンテナンスフリーなやつに換えたいのだが、この形状があまりに素晴らしくて手放せずにいる。
「つまむように打つ」とは、「動きの中で捉える」ということだ。
Gravity Keycapsは基本的に素晴らしいキーキャップだと思っていて、より特徴の出るHighタイプを選んでよかったと思っているのだが、しかし親指キーは無理だった。
chocスイッチ用の親指キーとしては、Gravity Keycapsのような「指を置く溝が掘ってある」タイプのものがいくつかある。理屈では良いよう思えるが、実際に使ってみると、かえって「指の置き方を決めつけられる」ように感じてしまう。
まさに「窮屈なエルゴノミクス」だ。もちろん、フラットあるいはコンケイブ系のキーキャップに比べれば当たりは柔らかく、痛いことはないが、自由でもない。
しかし、親指の「動く向き」に合わせた薙刀式キーキャップは、「押しやすい」と同時に「置きやすい」。固着した姿勢を強いられることなく、「寝返り」を許容してくれるのだ。
これが完全に真横を向いていると「置く」どころではないだろうが、カットされているだけなので「置く」ことも容易い。
そういう意味では大岡さんは、親指キーだけは最初から現在の思想に辿り着いていたといえるのかもしれない。
付け加えるに、極力マウス使わない派の大岡さんご自身には意図せざることだろうが、これはキーボードに手を置く際にも有利に働く。
最初に親指で角度の付いたキーを捉えることにより、他の指のホームポジションが推測できるのだ。どうもそれでホーミングキーがなくても困っていないらしい、とはご本人もおっしゃっていた。
試してみると確かにそうで、「親指から入る」ことを心がけるだけで、手を置くのが非常に楽になった。今、wings42でも実践している。
34個の水平コンベックスキーと、2個だけの斜めキー。これは、最大限の「快適な自由」を保証してくれる組み合わせだ。
見る限り、大岡さんのブースは常に人集りができており、来場者に非常な感銘を与えたようだった。僕も、オーソリニアレイアウトにおいてはベストな選択肢と思える──の、だが。
まあ、その、お値段がね……
「2万5千円+プライスレス」。パワーワードである。
アクリルでプリントされたものは、確かに素晴らしい手触りだった。これは来場者も一様に感動していたように思う。
しかし、dmm.makeのお値段は2万5千円。たったの36キーで、である。
しかも、材質の都合上、ド派手な積層痕が不可避であり、これを透明かつスベスベの状態に仕上げるために、2時間かけて磨いたという。1キー当たり、である。
出来上がりがどれほど素晴らしいとしても、常人には真似し難い、極上の狂気がそこにはあった。
隣にあったレジン材質バージョンは、刷って出しで普通に使えそうな滑らかさだった。お値段も五分の一になるという。
がしかし、比べてしまうと安っぽいというか、それよりなにより、滑りすぎる。
アクリルの方は、球面形状でも指がわずかに引っかかる感じがあり、それが打鍵に安心感を与えてくれるのだが、レジンの方はツルッといってしまう。それがなんとも具合が悪い。
ご本人にも伝えたが、レジンならコンケイブの方がむしろ良いと感じた。あれは機械的に引っ掛かりがないとしんどい。
さらに、すっぽ抜け問題もある。キーキャップがスイッチから抜けてしまうのだ。これは、アクリルを試打させてもらった時、実際に発生した。
摩擦が少なすぎるのが原因らしい。硬すぎて弾力が足りないのもあるだろう。
ではレジンはどうかというと、プリント精度が低いせいでステムが「緩い」個体が発生してしまい、同様の懸念があるという。
裏から透明のサフでも噴けばなんとかなるかもしれないが、ちょっと不安が残るところだ。
すっぽ抜けを回避し、さらに安く実現することを考えるなら、できるだけ低いフラットトップキーキャップに、球面状のキートップを貼り付けるのがいいかもしれない。
「足折れ」の関係でキーキャップの製造自体が難しいChoc v1スイッチ、あるいはKailh X Switchであっても、これならば対応できる。素体はKailh Chocキーキャップという好都合なモノがあるし。
オーソリニアのキーボードに乗り換える際には、真剣に検討してみようと思う。
オーソリニアこそが主流になるべきだ
僕はオーソリニアキーボードをまともに使ったことがないが、本気でそう思っている。というか、ロウスタッガードを滅ぼして、代わりにその席に座って欲しい。
ロウスタッガードは、まさに負の遺産だ。人間に優しくないのは見たまんまだが、別にキーボードにも優しくない。
製品としての作りやすさをいうなら、オーソリニアが一番優れているに決まっている。キーキャップだって全部1Uでいいし、配線もしやすいらしいし。
ロウスタッガードがでかい顔をしているせいで、みんなそれに慣らされて、他の配列に二の足を踏む。だからキーキャップもロウスタッガード前提で作られて、「多くのキーキャップに対応できます!」とか言って、Alice配列のような不効率なものが生み出される。
さまざまなキーキャップを楽しむ人々を否定するつもりはない。間違っているのは、不効率なキーボードを使わなければ、着せ替えもままならない世界の方だ。
オーソリニアが一度主流になれば、世の中全体のコストが下がるのだ。
オーソリニアにおけるサムクラスタ不足
がしかし、オーソリニア配列の問題として、サムクラスタ不足がある。
大岡さんも仰っていたが、例えばMiniAxeのサムクラスタの最外列(Cとカンマの下)は、ちょっと親指で自然に打鍵するには遠い。
内側に突出させない限り、オーソリニアのサムクラスタは左右で2×2の4キーと考えるべきだろう。Corne風のよくある弧状サムクラスタが3×3なのと比べると、2キー少ない。
Helixあたりは6キーで運用できるだろうが、UraNumaを試した経験からいうと、このポジションは下げないと指から遠すぎる。
個人的には、サムクラスタは6キー必要だと考えている。内訳は、Return、Space、Escape、Tab、そして英数とかなだ。
レイヤーだのモディファイアだのは5行3列の中にホールドで収めてしまえばどうとでもなるが、これらはデフォルトレイヤーに置いておきたい。
(ちなみにこれはMacでもWindowsでも同じで、僕はWindowsでもIMEのオンオフはトグルではなく独立にしている。このへんはぐぐって)
大岡さんは、IMEオンオフは同時押しに割り当てているそうだ。僕も試してみたことはあるのだが、単打の直感的なわかりやすさにはやはり劣る。
設計から自前でやるなら(それかmc2s lpが手に入れば……)、サムクラスタだけ弧状にする手もあるとは思うが、それはなんとも業腹だ。
もうちょっといい方法がないか、継続して考えてみようと思う。
まあとにかく楽しかったです
つらつら書いてきたが、実際はこんな重々しい感じではなく、ゲラゲラ笑いながら楽しくお喋りさせていただいた。
愛用している製品の設計者と、そうそうそれそれというお話ができて、非常に楽しい時間を過ごすことができた。
見渡す限り同好の士、隣に座っているのはai03さん。リアルイベントは実に楽しいものだ。次回も参加できるといいな。
と言いつつ、次はAZ-CORE周りのことを書こうと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?