天キー6で大岡俊彦さん、Murasaki_minさんと話した、キーボードと「球」のこと
あんままとまりのない話になるのだが、個人的に重要なことなのでまとめておく。
大岡俊彦さんは薙刀式かな入力やオールコンベックスキーキャップの作者。
Murasaki_minさんはLotus配列を考案し、Akashaキーボード等を開発した方。
二つの疑問
お二方の作品に対して、僕には疑問があった。
ドームキーキャップ
全体的に球面を成すようになっているが、それは片手分の話。
確か大岡さんがキー部1%のライトニングトークで語っていたと思うのだが、太極拳には抱球という概念がある。両手で大きなボールを抱くようなポーズだ。
その効用については詳しくないが、これが太極拳の基本的な身体運用であり、その武術理論においては「良い」とされているわけだ。
大岡さんの作品で言うと、サドルプロファイルは「左右で」球面を成しており、抱球の概念に則っている。
しかし、ドームキーキャップではこれを放棄している。
タイピングでいうと、通常の平面上にキーが配置されたキーボードでは、手を内側に捻る(回内)状態でタイピングすることになる。
これはタイピング中常に手を内側に捻り続けているということであり、不自然で、緊張を強い、疲労を溜める。これを解消するために、僕は縦テンティングをしている。
「なぜ左右に一つずつの球を?」という疑問がずっとあったわけだ。
Lotus配列
Lotus配列は、カラムスタッガードを基本として、左右中央を中心として円形の配置に寄せた配列だ。
ホーム行を見ると、中心から離れている、という言い方もできる。
これと正反対のデザインがWillow配列で、外側を中心とする円形に寄せてある。
前腕回内を解消するためのテンティングを考えると、Willow配列については理解できる。捻りを弛める(=水平面に対して外捻り(回外)する)状態だと、ホーム行が手から離れ、各行に対する距離が均等になるからだ。
これはGravity Keycapsと同様の考え方ともいえる。水平状態で各行を均等距離にしたのがGravity Keycaps、回外状態で各行を均等距離にしたのがWillow配列だ。
しかしLotus配列はその逆、元々近いホーム行がさらに近くなってしまう。
Akashaの分割版、Akasha Amritaはテンティングされており、明らかに回外状態でのタイピングを想定している。
これは不合理ではないのか?
Lotus配列≒サドルプロファイル?
これが、Akashaの現物を見た途端ピンと来たというか、結びついた。「球」じゃないかと。
回外状態でのLotus配列は、中央行が近い。言い換えれば「高い」。
これを立体的にプロットすれば、疑似的な球面と解釈できる。左右で大きな球面を成す、サドルプロファイルと同様の「抱球」デザインだ。
大岡さんも仰っていたが、Lotus配列はテンティングされた状態の方がなんかしっくり来る。これは、テンティングによって抱球的な捉え方が促されるからではないだろうか。
そもそも、各キーへの「垂直距離」を均等化する必要があるのは突き刺し打ちだからだ。撫で打ちの場合、そもそも垂直に打ち下ろさないので、距離というより、撫でる運動の中で捉えられるかという問題になる。
つまりLotus配列は、突き刺し打ちに対応するWillow配列と対照的な、撫で打ちに対応する疑似テンティングデザインであるというのが僕の仮説だ。
Murasaki_minさんが、キーキャップを抉れさせる(コンケイブにする)ことに抵抗を覚えているのも裏付けになる。
ただ、Akasha発表時に大岡さんが書いている通り、スイッチのフットプリントが四角い都合上、キーピッチが通常より広めになることもあって、純粋な撫で打ちを想定すると移動距離が大きいようにも思われる。
そこで、Murasaki_minさんご本人に打鍵スタイルを尋ねてみたところ、どうも踏み打ちに近いのではないかという話になってきた。
水平に撫でる動きで打つのではなく、「捉える&踏む」という動きを想定すると、許容できるキーピッチは比較的大きくなる。
このあたりはまだ仮説段階だが、撫で打ちにフォロースルーが必要なのに対し、踏み打ちは届けばいいからではないかと思う。
となると俄然興味が湧いてきた。
のでおねだりしました。いただいたらレポートします。
身体動作を反映したデザイン
大岡さんにも、ドームキーキャップがなぜ「抱球」ではないのかという疑問をぶつけてみた。
結論としては、大岡さんの学んだ武術(少林寺拳法)が、左右で一つの球面を成す抱球ではなく、左右を独立して(かつ連動して)運用する、空手でいう夫婦手に近い考え方の流派だから……ということらしい。
(槍に対応するための武術から時代が変わり、対徒手に適応した技術体系というような話だった)
抱球との比較で言えば、ロボットの球体操縦桿みたいなイメージだろうか?
非常に感覚的な話だし、大岡さんもそこまで具体的に言語化していたわけではなかったようだ。だがこれはこれで、身体運用のイメージに沿った、少なくとも大岡さんの身体にとって合理的なデザインだということになる。
もちろん、万人にとって合理的なデザインは存在しない。
このくだりで気になったのが、大岡さんの
「こう(胸の前で球を抱えたポーズ)するとさ、こう(玉を横方向にひねるような動き)したくなるじゃん?」
という発言だ。
ちょっと何言ってんのかわからなかった。いや、それがいかにも太極拳的動作なのはわかるが、別にそこまでしたくはならない……
と思っていたが、翌日の大岡さんの反応記事でちょっと理解できた。
この記事はドームキーキャップのデザインについて非常によく理解できる。
で、両手の中間点を軸としてヨー回転すると、例のいかにも太極拳的動作になるわけだ。
(ちなみに、縦テンティングにおけるキー位置認知の難しさはなかなか改善しなくて、たぶんムリなんじゃないかなコレと思い始めているところだ。この点については別記事で触れる)
これ自体は大岡さんの癖であって、あまり「そうそう」となる人はいないと思う。
ただし、この「ヨー軸」の違いは非常に重要な示唆を含んでいる。つまり、
両手が一体として動作するか
両手が連動して動作するか
という違いだ。
前者が僕であり太極拳、後者が大岡さんであり少林寺拳法、と分類できよう。(僕が太極拳を修めたわけではないが)
両手剣か
二刀流か
と言い換えると、もっとわかりやすいだろうか。
そう考えた時に、ひとつ納得できることがある。僕の一体型キーボードへの執着だ。
僕は前肩対策として分割キーボードを愛用しているが、一体型キーボードのほうが「なんとなく気持ちいい」と思っているところがある。
その理由は色々考えられる。例えば左右のキーの位置関係が明確であるとか。「両手剣」特有の良さ、というものはあると思う。
それに加えて、使い手にも両手剣タイプと二刀流タイプがあるのかもしれない。
それは、前腕回内にストレスを感じるかどうかとも関係しているかも。
だとすれば、縦テンティングを心地よく感じる人は、テンティングスタンドを一体にすべきだし、「前腕回内がストレスだからこそ、立てやすい分割キーボードではなく一体型キーボードを使うべき」という暴論さえありえる。
両手で一つの球か。
片手に一つずつの球か。
あなたの抱球はどちらだろうか。
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