タイピングと物語の二極分析(1):オンバランス/オフバランス
大岡俊彦さんとは、イベントでしばしばタイピングやキーボードについて話をさせてもらっている。
感銘を受け影響されたことも多々あるし、僕と大岡さんはそれなりにキーボード、ひいてはタイピングの好みが似ている。
キーボードは分割
キー数は少なめ(いわゆる30%程度)
バネはかなり軽め(詳しくは後述)
レイアウトはオーソニリア(格子状)かカラムスタッガード(縦ずれ)
キーの打ち方は撫で打ち
(特に親指の)キーキャップはコンベックス
これらはいずれも、手の動きを少なくし、疲労を軽減し、長時間・大量の執筆に耐えるためのものだ。
それでも意見が合わないことももちろんあるし、なにいってんのかよくわかんないこともあった。
それがタイプの違い、それも対極といっていい違いによるものではないか、と話が盛り上がったのが天キー後の飲み会の席でのことだ。
この時の話の流れを少し整理しよう。
大岡さんは初稿を手書きしているらしく、タイピングを手書きの体験に近付けたいといったことをよくおっしゃっている。
その、「手書きしている時の姿勢」を実演してもらったその時、僕に電流走る。
ストレートリードじゃんソレ。
少林寺拳法をやっていたという話も聞いていたので、「少林寺拳法にストレードリードみたいなオフバランスな突きはあるんですか!?」と尋ねると、「あるよー。順突き」という回答だった。
ここから「オンバランス/オフバランス」という対極なタイプの分析が始まったのだが、その前に用語を整理しておこう。
オンバランス/オフバランス、ダンス、武術
ここでいうオンバランス/オフバランスは、ダンスの文脈の言葉だ。
詳しくはググってもらえば色々出てくると思うが、簡単に言えば
オンバランスはそのまま倒れずに維持できる姿勢
オフバランスはそのままだと倒れてしまう姿勢
のことだ。
真っ直ぐ立っている姿勢はオンバランス。
壁に寄りかかっている状態で、壁が急になくなったらオフバランス。
オンバランスが重んじられるダンスといえばバレエだ。
バレエ漫画『絢爛たるグランドセーヌ』から、印象的なシーンを引用する。
ピケ・アティチュードもオンバランスというわけだ。
逆にオフバランスが重んじられるダンスは、コンテンポラリーやロックダンスだろう。
『絢爛たるグランドセーヌ』と、別のバレエ漫画『ダンス・ダンス・ダンスール』から、バレエとコンテンポラリーの違いを表現したシーンをそれぞれ引用してみよう。
さらに『ダンス・ダンス・ダンスール』の主人公はもともとジークンドーを練習しており、ダンスと武術の共通性についても触れられている。
ジークンドーと、その核心技法であるストレートリードの術理については、格闘技漫画『アスミカケル』で描かれたのが記憶に新しい。
より詳しくは、ジークンドーマスターこと石井東吾のYouTube動画でたびたび解説されている。
(余談だが、水鎚の術理がまんま石井先生の発勁だったので、こりゃジークンドー使いも出てくるだろうなと思っていた読者は少なくないだろう)
ストレートリードは、自らオフバランスを作り出すことで、効率的にパワーを取り出しているわけだ。
逆に、武術におけるオンバランスといえば「摺り足」だろう。空手にも剣道にも相撲にもあるが、バランスを維持したまま移動する運足法だ。
この手の身体運用については『ツマヌダ格闘街』に吐くほど書かれているのでオススメ。
少なくとも僕の側は、だいたいこのような意味でオンバランス/オフバランスという言葉を用いている。
タイピングにおけるオンバランス/オフバランス
僕が大岡さんの表現を理解できないことがあるように、大岡さんが僕の表現にピンときてない様子だったこともある。
その一つが、「キーを踏む」という表現だ。
キーボードの各キーにはバネがついており、常にキーキャップ(キートップ)を押し返している。
そのため、ある程度の力を込めなければ反応することはなく、押し込んだ後は自然と元の位置に戻ってくるわけだ。
このバネの反発力をどの程度にするかということが、キーボードのカスタマイズにおける大きな要素としてある。
反発力が強ければ戻りが速くなる反面、疲労は激しくなる。
反発力が弱ければ疲労が軽減される反面、意図せず反応させてしまうミスが起こりやすい。
僕と大岡さんは、いずれも軽い(反発力が弱い)バネを好むが、軽ければ軽いほどよいわけではない。
では、どのくらいが軽さの限界なのか?という論点で、僕はよく「キーを踏める程度」という表現をする。
これは、「キーの上に指を置いていても自重で沈まない」という意味なのだが、それを「踏む」と表現するのは、「キーにある程度手の重さを預けたい」と思っているからだ。
「踏めない」ほど軽いキーだと、待機状態の時に肘や手首に自重を預けることになる。すると、指先だけでタイピングすることになり、腕の動きを使えない……
というような話をすると、大岡さん(を含む数人の方)は「???」という顔をする。
オレ、説明ヘタなのかなあ……と思っていたのだが、いやそれもあるだろうが、それだけではない。
恐らくこれは、オンバランス的な感覚なのだ。
これが、前腕から先を一つの物理系として見たときにも当てはまる感じ。
動かないわけではない。ジュテだってオンバランスなのだし。むしろ自然に動き出すためのオンバランスだ。
「オンバランスからオンバランス」に動くことで、全てのキーが常に射程内に収まり、留まらずに動き続けることができる。
ただし、キーボードが大きい(HHKBとかね)場合、オンバランスな動きだと瞬間的な速さが足りず、オフバランスも使わざるを得ない。
カタカタカタカタッターン!がそれだ。レイアウトがJISだろうがUSだろうが、エンターキーはジュテで取るには遠すぎる。
大岡さんは、カナ入力配列「薙刀式」の作者でもある。
薙刀式関連の記事で、大岡さんは文字入力の「流れ」を強調する。
恐らく、これがオフバランス的な感覚なのだろう。
大岡さんのYouTubeチャンネル(大岡俊彦 - YouTube)の動画は手先だけなのでわかりにくいが、全体像を見ると確かにこういう感じがする。
オフバランスは、バランスを「崩す」のとは違う。「傾ける」というのだろうか? 自重を支える力に「出口」を作ってやるというか。
前掲『ツマヌダ格闘街』に一本下駄による効率的な歩法のネタがあるが、たぶんこれが素人にも体感しやすい。「前に倒れながら支える足を出す」と、疲れ切っていてもそこそこ歩けるものだ。
大岡さんが撫で打ちを強調する割に、スイッチのショートストローク化を捨てたのがずっと不思議だったのだが、恐らく、一連の動作の「止め」が自然と強打(ジョルト)になるため、受け止めるバッファが必要なのではないか。
ステップからのストレートリード。カタカタカタカタダン!というか。
(追記)大岡さんがアンサー記事を書いてくれた。
あーなる。
あと、
これか。
「没入感」という感じがする。執筆の世界に力強く入り込み、スッと抜ける。
入りにパワーがあるのがオフバランスっぽい。やはりッターン!は引きを重視するジャブのような、オンバランス的な感覚なのかも。
そう考えると、僕は結構タイピング時の「抜き」が速いというか、そこに力点があると思う。
底打ちは(底打ち1.5mmとかの激浅チューンしたスイッチでない限り)あまりしないのだが、バウンスバックでトップハウジングに当たる音(セミサイレントで消してる音)はめっちゃ気になる。
(追記終わり)
タイピングは極めて小さく速い運動であり、その感覚を言語化するのは難しい。
そうした感覚の差異が、各人にとってよりよいタイピングとは?よりよいキーボードとは?ということを追求する上での妨げになっていると思う。
タイピングの感覚が二極に分かれるとすれば、自分と同タイプの人の試行錯誤が参考になる可能性が高いだろう。
僕たちは、互いが対極のタイプであるらしいことを認識した。
ただしそれは、それぞれにかなりマニアックな試行錯誤を行い、互いのキーボードを実際に触った上で、幾度もの対話と議論を繰り返してのことだ。
オンバランス/オフバランスなタイピングがどういったものか、ということの分析も興味ある課題だが、この度の記事の主眼はとりあえずそこではない。
僕たちは、「執筆」や「物語」そのものの捉え方においても対極であるらしいことがわかってきたのだ。
飲み会から数ヶ月後にこの記事を書き始めたのは、その点について整理がついたからだ。
次回は、物語論に入る前に、「執筆」と「タイピング」の狭間の話をする。
今回のまとめ
姿勢にはオンバランスとオフバランスがある
タイピングにもたぶんある
人によってどっちが得意かタイプが分かれるっぽい
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