catchai1211

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最近の記事

岸ちゃんの「アルケミスト」

アルケミストは、20代の頃出会った本だ。世界的ベストセラーだから手に取ったわけではない、当時同じビルで働いていた岸ちゃんが教えてくれた。 岸ちゃんは、会社は違うけれど、同じ業界の同期で、彼女は会社を辞め、今からイギリスにアロマの勉強で留学するのだと言っていた。 そんな頃に「この本を時折、手にとっては、開いたページを読むんだ」と彼女は教えてくれた。小説や物語の順を追った読み方以外に、そんな言葉との出会い方があるのだと驚き,すでにそれを知っていた彼女のまなざしがまぶしく、うらや

    • 歩きながら考える

      「歩きながら考える」の冊子は、いつも予想せずに出くわす。一番最初に手に取ったのは、10年前くらいに堀江の萬福寺のフリーマーケットで。そこから、なぜか忘れた頃に、いつも向こうのほうから会いにやってくる。直近のタイトルは「行き止まり、歩いてその先へ」。本町のtoi booksさんで「やあ、ごきげんよう」と、声がしてちょっぴり判型が大きくなっていた。 年単位で制作され、言葉を編んでいると知ったのは、ずっと最近のこと。情報を知らなくても、そこに流れている時間の豊かさや発酵具合という

      • 枕元のルート・ブリュック

        ルート・ブリュックという人を知らなかった。肥後橋のCalo book shopで西岡潔さんの写真を見に行った帰り、たまたま手に取った、小さな図録。まだ実物も見る前に、なんだか離れがたい感じを受けて、優柔不断な私にしては珍しく、そそくさとレジに持ち込んだことを覚えている。 そこからその年は、彼女の影を追いかけて、東洋陶磁美術館・アートエリアB1・そして伊丹市立美術館へ。伊丹ではガラスケース越しではない作品と、静かに向かい合うことができた。つたない言葉で作品を解説するのは、なん

        • STAY HOMEという労働

          批評家・若松英輔さんの音声メルマガを定期的に聞いている。ユダヤ人の哲学者「ハンナ・アーレント」の「人間の条件」という本を題材に「仕事」と「労働」について話されていた。 現代は「仕事」をしていないと価値がないなんて、風潮もどこかにあって仕事が量的に語られてしまう一方で、「労働」は徹底的に質的である。そして「命」と密接に関わっている。とおっしゃっていた。困難が立ちはだかるとき、病気で思うように動けないとき、人は最も尊い労働をしている。 今、家の中で息をひそめてじっとしているこ

          夜を超える言葉

          寝る前に枕元にいくつか本が積んであって、今週から宮澤賢治の「グスコーブドリの伝記」をリトルモアから出ている清川あさみさんの刺繍絵本でゆっくり読んでいる。描かれる、イーハトーブの森を襲う冷害、寒さや貧しさ・孤独の中でグスコー・ブドリという一人の少年のひたむきな働き方、生き方が、胸をうつ。自然は脅威であり、そしてどこまでも美しい。 今年は春はやってきたけれど、いつもと少し違って心が少し風邪をひきそうだから、ゆっくりとした言葉や物語、絵本や絵を眺めるのがいいんじゃないかと思ってい

          夜を超える言葉

          ほぼ日の学校のこと。

          ほぼ日の学校オンラインクラスが、延長して、4月30日まで無料公開されています。シェイクスピアや万葉集などの古典がここでしか聞けない魅力的なキャスティングで、知識がなくてもいちから楽しめる「ごくごく飲んで味わう古典の講座」。日々の情報に自分がどうしても揺れてしまう中で、古典の言葉に触れる時間をつくりたいなと。 https://www.1101.com/n/s/gakkou_onlinefree20sp/index.html そういえば、新型コロナの感染拡大がここまで深刻化する

          ほぼ日の学校のこと。

          離島経済新聞を読んでみる

          \イベントレポート/ 「読むからはじめる世界の窓」と題して、離島経済新聞の上月さんとenocoにてリトケイを読む会を開催しました。 最初は、表紙のデザインに一堂釘づけになり、まずはジャケ読み!わたしはこれ!と手にとるところからスタート。 そこからリトケイを読んでいるうちに、 それぞれ縁のある島のことを思いだしたり。 昔の沼島のこと、波照間島で感じたこと。 課題先進国、子供が大事にされる環境 島と島をつなぐ、オンライン授業のことや 教育。自然とのむきあいかたや、災害時のこ

          離島経済新聞を読んでみる

          「読むと書く」 若松英輔さん

          今週末6月1日と2日、批評家の若松英輔さんの「読むと書く」の京都教室の講座が若干名、受付可能なようです。(このあとすぐ満席になってましたら、すいません。) 「読むと書く」は、文章技術を学ぶ教室でもなければ、一般的な読書会とも少し違うような気がする。仕事に役立つとか、お金が儲かるとか何か道具のような言葉ではなく、自分にとって大切な言葉に出会うための準備運動のような時間。 若松さんは「読むと書くは、呼吸のように対になるものだ」といつもおっしゃる。「現代はたくさん本を読む人はい

          「読むと書く」 若松英輔さん

          きくということ。

          29日のショートフィルムの上映会に向けてつらつらと。「二十一世紀百人一首」は、監督の奥田くんが、生まれ育った奈良を中心に各地で出会った人との対話から制作されている。 作品中では、それぞれのとある音楽を頼りに、忘れていた記憶の断片や、小さな言葉が生まれるのを、観客は映像を眺めながら、ゆっくりと待つという不思議な体験をする。 前回、奈良の上映会会場に出演者が参加していて、「作品の映像には写っていないが、実際には長いインタビューの時間があって、なんだか特別な癒しのようだった」と

          きくということ。

          理由は、まだわからない。

          今月29日に、映画の上映会を企画することになり、作者の奥田くんと山川ひいろさんと3人で昨日はenocoの会場に下見にいってきた。 実際に機材をおいてみたり、椅子を配置したりして仕事でもない、誰に頼まれたわけでもなく、勝手にやりたいなと思って準備するこの時間は、なんだかワクワクする。 帰宅してから、ふと、あれ?と思った。 そういえば、上映会をすると決めたとき、私は作品をまだ見ていなかった。 中津の511で、奈良の六条山カフェで、どちらの上映会にもいけなくて、気づいたときに

          理由は、まだわからない。

          どこまでが作品か

          先日、奈良のゲストハウス奥で、「二十一世紀百人一首」の上映会が行われました。ゲストハウスのオーナーや滞在中の方、近所にお住いの親子、作品に登場された方などが集まり、上映が終わると、畳の空間の中で、ぽつりぽつりと会話が始まりました。 主催者の川口景子さんは、「今まで上映してたけど、上映中にはじめて笑いが起こった」「作者の奥田くんから新しい言葉が生まれていて驚いている」と言います。 私たちは、作品を完成したものだと思っている。 確かに、映画館で見る作品は、どこで見ても同じ物語

          どこまでが作品か

          マチオモイ帖のこと。

          3月15日木曜日から「myhometown わたしのマチオモイ帖」がメビック扇町で始まっている。まちおこしはできなくても、まちおもいはできる。しげい帖という一冊の本から、全国へ広がった、この取り組み。私も、今住んでいるまち谷町六丁目周辺の「からほり帖」を作り始めて4年目になる。 1年目は「暮らしはじめの小さな記憶」 京町堀のマンションの隣人トラブルから、ほうほうのていで飛び出して、 流れ着いたこの町で、寒い冬の日の心もとなさや優しさや、小さなゆらぎをどうか忘れずにとめおきた

          マチオモイ帖のこと。