映画「アルプススタンドのはしの方」は令和の「桐島、部活やめるってよ」だ。(感想)
◆はじめに
先日飲み会で友人に映画を勧めていたところ、友人に「お前が勧める映画はいつも暗い、それかバイオレンス」と言われ、事実なので何も言い返せなかったのだが、本作は全く異なるテイストの大傑作としてお勧めしたいと思う!まごう事なき「激烈青春映画」だ。
原作は東播磨高等学校の演劇部の脚本で、舞台化を経て今回映画化に至ったそうだ。監督は城定秀夫監督。演劇部の脚本が映画化することも少ない気がするし、ピンク映画の巨匠の城定監督がR指定のない映画のメガホンを取ることも珍しいだろう。
で、私は城定監督ファンなので、あらすじなんて大して見ることなく、公開日に「城定作品やっほーい∩(・ω・)∩」みたいなノリで見に行ったわけだが、あまりに心にぶっ刺さり、涙が止まらなかった。
◆あらすじ
高校野球の1回戦の応援をする演劇部員の安田さん(小野莉奈)と田宮さん(西本まりん)、元野球部の藤野くん(平井亜門)。そして友達のいない口数少ない優等生の宮下さん(中村朱里)。さらに吹奏楽部の部長を務める久住さん(黒木ひかり)。試合が進むにつれて彼らの高校生活での様々な想いが明らかになっていく・・・・・・。
彼らの気持ちの変化と試合のクライマックスが重なり合うことで生まれる激烈青春群像劇。
◆一言でいうと
青春を謳歌、もしくは渇望した人たちの中で永遠に輝き続ける令和版「桐島、部活やめるってよ」である。
◆感想
・うまくいかなかったことを「仕方ない」と思うことで昇華させる彼らに昔の自分を重ねてしまう。
この作品には、何かしらの挫折を経験した学生たちが登場する。
演劇の関東大会に出場するはずだったのにとあることで出られなかった安田さんと田宮さん。どんなに頑張っても野球部のエース園田に勝つことはできず、部活を辞めた藤野くん。
ちょっとずつ挫折を経験した彼/彼女らは学校の言いつけで仕方なく野球の試合を「アルプススタンドのはしの方」で観戦する。野球を見るモチベーションなんてこれっぽっちもないものだから、やれ宮下さんは成績トップで有名人だの、やれ久住さんは吹奏楽部の部長でエース園田と付き合ってるだの、やれ矢野は万年ベンチのくせに野球をずっとやってるだの、ちんたらと野球を見ながらくっちゃべっている。
ようは彼らは環境依存であれ自助努力であれやうまくいかなかった過去を「仕方ないよね」と思い、甚だしい経歴がある他者や目覚ましい努力をしている他者を「自分とは異なる存在」と弁別することで昇華させているのだった。
この物語の「起」の段階でもう「はーーー昔の自分やんけーーーー共感するわーーー」という気持ちでいっぱいになり、これからどんな展開になるかを期待してしまうのだった。
・他者からは特別のように見えるが、特別じゃない彼女たち。
そして物語に登場する才女宮下さんと完璧ガール久住さん。宮下さんは1人で真剣に野球の試合を見ていたが、ひょんなことから安田、田宮、藤野らと一緒に観戦することとなる。才女の彼女は周囲から一目おかれる存在だが、彼女にも、元よりとある悩みがあり、作中でさらに悩みが加速する事件が起きるのだった。
さらに完璧ガールとして登場する久住さん。この試合において、吹奏楽部を指揮する部長を務め、自身も真剣にトランペットを吹き続けている。彼女は最近宮下さんを抜き成績トップに躍り出て、園田と付き合い、おまけに容姿端麗かつ性格も良い、という完璧ガールなのだが、彼女だって順風満帆じゃないということが話を追うごとに明らかになっていく。
・キーマン久住さんの言葉と試合のクライマックス
さて、そんな青春よろしくモヤモヤだらけの登場人物がたくさん出てくるのだが、本作のキーマンの1人は間違いなく久住さんだ。彼女の率直な「とある一言」が宮下さんの気持ちと行動を変え、宮下さんの発言が田宮さんを勇気付け、田宮さんが安田さんを後押しし、グラデーションのように彼らの心が変わっていくのだ。そして圧倒的不利に立たされていた試合の戦況も少しずつ好転していく。
その心の変遷と、試合のクライマックスのシーンにどうしたって涙がポロポロ溢れてしまった。
そして試合のクライマックスにおいて、もう1人のキーマンがいる。それは「矢野」だ。彼は前述の通り、野球部で人一倍努力するも万年ベンチの野球部員。藤野くんは劇中、野球部を辞めた自分の行為を正当化したいがゆえに頑張り続ける矢野を否定する。
そんな矢野がこの試合思わぬ形で登場し、ある事を成すのだ。その出来事が、さらに登場人物らの心の変化を加速させる。
こういう人間の心持ちが変わる系の映画は手放しで泣けるな。素晴らしい・・・・・・美しい・・・・・・。上映中1人ですすりなきまくってしまった。
・こういう感覚を高校生の時に味わっておきたかったな
もしかしたら多くの高校生は部活やらなんやらで「何かを頑張りきった経験の先の心身の成長」、みたいなものを体感したことがあるのかもしれない。
そんな人からしたらこの映画に描かれる「青春」は当たり前なのだろうが、自分の高校時代を振り返ると、部活は途中でやめ、勉強は1分もせず、ニコ動β版を垂れ流し、意味なく消費する毎日を過ごしていたので、この映画がとてもとても尊く思えてしまう。
だから、今、もやもやしている若い子たちが、何かのきっかけでこの映画を見る事があるのなら、何かを感じ取ってくれたら嬉しいな、とアラサーのねーちゃんは思ってしまうのだ。若者よ〜葛藤の末に成長あれ〜。
◆令和版「桐島、部活やめるってよ」たる所以はラストシーンに存在する
この映画を見終わった際、直感的に「令和版桐島だな」と感じた。もちろん青春映画という枠組みで見た時の類似ポイントはあるのだが(一部キャラクターの実物が登場せず、彼らの発言でしか登場しない点や、うだつのあがらない少年少女がキラキラ人材に憧れやもやもやを抱く点や、華々しいギャルとコミュ症の女子がいる、みたいなカースト的描写がある点とかね)、そんな事よりも、何よりも、ラストシーンである。
野球が下手くそな「矢野」がとある成長と遂げ、ある成果を残すラスト。このシーンのための映画ではなかろうかとすら感じてしまった。
そしてこのラストシーンは「桐島、部活やめるってよ」に登場する野球部のキャプテンのかの名言「ドラフトが終わるまで・・・・・・。ドラフトが終わるまではね」のあの「彼」へのアンサーソングのように思えた。
※桐島の超絶名シーンを放った野球部のキャプテン。
はー本当に素敵な映画に出会えて幸せだ。
「アルプススタンドのはしの方」はすべての青春を謳歌、もしくは渇望した人たちの中で永遠に輝き続けると思う。