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『MPMはMBM』日銀氷見野副総裁発言を敢えて曲解してみる
2025年1月14日、日本銀行の氷見野副総裁が講演、記者会見を行った。
目下、日銀は前回12月の金融政策決定会合(以下、MPM)でも示された通り、「経済・物価見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和度合いを調整していく」という方針にある。
とはいえ、12月会合以降の日銀の情報発信はハト寄りとの受け止め方が多かった。1月会合での利上げをメインシナリオとしている向きはどちらかと言えば少ない(少なかった?)のではないだろうか。
そうした中、1月の利上げはまずないという雰囲気で市場が固まったままMPM当日を迎えても良いのか否か。そうした雰囲気に向けた含意はあるのかないのか。
もとより、MPMは蓋を開けるまで分からない。どのような判断が下されるか、氷見野副総裁にも決め打ちはできない筈だ。
今回は敢えて、氷見野副総裁の今回の発言から、利上げに前向きと解釈可能な箇所だけを抜き出し、極端にタカ派に読んでみようと思う。以下は筆者が意図的に曲解したものであり、偏った見方であることをご承知いただきたい。
12月のステイは何だったのか
前回2024年12月の会合で利上げを見送った植田総裁は、その理由として以下の二点を挙げた。
賃金と物価の好循環の強まりを確認するという視点から、来年の春季労使交渉に向けたモメンタムなど今後の賃金の動向について、もう少し情報が必要と考えています。
米国をはじめとする海外経済の先行きは引き続き不透明であり、米国の次期政権の経済政策を巡る不確実性も大きい状況が続いていると判断しています。
一つは春闘、もう一つは米国経済と政策動向という不確実性である。多くの市場参加者は、この二つの不確実性が短期間では解消しないと受け止めた。少なくとも12月会合から1月会合までの間に有力な情報が得られるとは考えにくく、であれば利上げは1月も難しいという見方になる。
この点、氷見野副総裁は必ずしもそうではないと示唆した。賃金動向については、
年初の各界の方々の発言も前向きなお話が多かったように思います。先週開きました私どもの支店長会議でも、全体的に強めの報告が多く、特に、今後の継続的な賃上げを中期経営計画に盛り込むこととした企業についての報告が複数の支店長からあったのが印象に残りました。各種アンケート調査でも、賃上げ予定先比率や賃上げ率は、前年並みないし前年を上回る結果が多いようです。
米国経済については、
これは継続的に見続けるしかありませんが、来週の就任演説で政策の大きな方向は示されるのではないかと思います。これまでに示された内容をもとに、中長期的には様々な影響が論じられていますが、少なくとも米国経済は当面強いパフォーマンスが続くとの見方が多く、下方リスクに焦点が当たっていた昨年8月ごろとはだいぶ様子が変わってきたように思います。
と、いずれも1月会合前に不確実性が低下する可能性を示した。
敢えてこの二点を挙げ、それが前向きに解釈できるということであれば、12月と1月では状況が変化している、異なる判断になると読める。
市場の織り込みは
市場の織り込みについては、ある意味で釘をさすような発言があった。
毎回の金融政策MPMの結論について、事前に市場に完全に織り込んでもらえるようにコミュニケーションをとるべきだ、ということにはなりません。政策は毎回政策委員の議論で決めるものですので、そのようなことは不可能です。また、「会合ごとに織り込みを目指した事前のコミュニケーションがなされるはずだ」という期待が生じると、経済の動向よりも日銀の言いぶりの変化ばかりに市場の注目が集まることになりかねず、それも決して望ましいこととは思いません。
植田総裁の就任以降、日銀の政策変更は、7月の利上げがサプライズと受け止められたことを除けば、概ね事前に市場に織り込まれた上で実施されてきた。これはボードメンバーが予告するような形ではなく、報道機関からの事前の情報発信によるものだ。日銀の決定は、報道機関に予めニュアンスが伝えられており、市場の予想は報道によって動いてきた。前回12月のMPMについても、11月までは利上げ決定を予想する声が多かったにも関わらず、12月入り後に据え置き観測の報道が急速に増え、実際に結果は据え置きとなった。
氷見野副総裁はこうしたプロセスが必ずしも適当ではないと指摘している。1月会合についても、市場が完全に織り込まない状況であっても、また、事前に利上げを示唆するような報道が出なかったとしても、利上げはあり得るということになる。
日本経済の状況
氷見野副総裁は、日本経済についてやや長い目で見た現状認識を語っており、全体のトーンはどちらかと言えばポジティブである。日本経済の低迷と関連してきた様々な要因について、改善が見られるのではないかと評している。そのうえで、
ショックやデフレ的な諸要因が解消された状態であれば、実質金利がはっきりとマイナスの状態がずっと続く、というのは、普通の姿とはいえないのではないかと思います。
とし、現在のように実質金利が大きくマイナスになっている状況は解消されるのが自然だとしている。実質金利は名目金利からインフレ率を引いたものであり、現在の日本でこれがプラスになるためには政策金利が3%程度にならなければならない。今後インフレ率が2%程度で安定するという見通しを前提にするなら、政策金利は少なくとも2%前後まで引き上げられる筈だ。多くの市場参加者が現在想定しているターミナルレートよりも、おそらくかなり高い。
為替と金利と中小企業
記者会見では懇談会での印象について、
日本銀行に対してのご要望としては、物価や為替の安定を通じて経済の成長につながるように、特に中小企業の実情みたいなものもよく把握したうえで、金融政策を適切にやっていってほしいと、そういうお話だったというふうに思います。
本来、為替は日本銀行の管轄ではないが、「物価や為替の安定を通じて」と、為替と物価を並列した意見をそのまま語った上で、更に「特に中小企業の実情」と繋げているところが興味深い。即ち、円安による輸入物価の上昇が特に中小企業にとって痛手であり、「中小企業の稼ぐ力」を高めるためにはむしろ円安の解消こそが求められているとも読める。であれば、必要な金融政策は緩和でなく引き締めだろう。
そして、
何人かの方からやはり経営上は為替の安定が重要だというお話がありまして、具体的に数字を挙げて金利と為替でこんなにどっちが大変かと言えば、為替だというようなお話をされた方もあった
と、為替の重要性を指摘されたと率直に語っている。
物価動向をどう見るか
物価動向についての発言も興味深い。記者会見では、1月MPMでの判断にあたり、
2日目の朝出るCPIも見て、しっかり判断していきたい
決定会合の 2日目の朝には全国のCPIの数字も出ますし、それまでに起こること全部みたうえで、よく議論して判断していきたい
と、2度言及している。このCPI統計だが、かなり高めの数字が出ることが予想されている。政策要因によるエネルギー価格の上昇に加え、コメなど食料品価格の上昇幅が大きいためだ。コアコア指数ではエネルギーは除かれるものの、コメは生鮮食品ではなく、総合とコアはかなり高めに出るのではないか。MPM「2日目の朝出るCPIも見て」となれば、これはさすがに利上げだろうという雰囲気になる可能性はある。
MPMはMBM
以上、2025年1月14日の氷見野副総裁発言を敢えてタカ寄りに曲解してきた。確認だが、これは意図的に偏った切り取り方をしたものである。金融政策の決定は常にライブであり、各会合までに得られたデータ、情報を総合的に評価、議論し、ボードメンバーの多数決で決定される。何も決まってはおらず、氷見野副総裁も、あるいは植田総裁も現時点では何も決めてはいない。
強調されるべきは、常にMPMは毎回の会合ごとの判断であり、ECB流に言えばMeeting By Meeting というアプローチに従うということだ。