『影響が大きいのは金利よりも為替』日本の経験と実感とこれからの政策
2024年10月の日本銀行金融政策決定会合「主な意見」に以下の記述があった。
中小企業の経営者からは、円安の修正を歓迎し、「経営に影響が大きいのは金利よりも為替だ」とする声がかなり聞かれる。また、各種のアンケート調査をみると、家計も円安の修正を歓迎しているのではないか。
巷間、日本経済にとっては為替レートの変動こそが重大な経済問題だという指摘はしばしば見られる。とはいえ、為替相場の問題は財務省の主管だ。日銀のボードメンバーの意見表明としてはやや異例とも思える。そこを敢えて書くのは、おそらくそれだけ率直な意見ということであろうか。
金利と為替はどう動いてきたか
金利と為替、どちらが実際に日本経済に影響してきたか。比較するような問題でもないが、雑に言ってしまえばおそらく為替で間違いないだろう。何しろこの約30年間、日本の金利は全く動いていない。政策金利の最高値は0.5%、最低値は-0.1%である。ほぼゼロ%近傍で推移しており、上下のレンジは0.6%しかない。金利は動かず、しかもほとんど存在しないものだった。
一方、為替は大きく動いてきた。円相場の対ドル史上最高値は2011年10月の75円32銭。その後の最安値は2024年7月の161円台後半だ。金利とは桁違いに大きく変動している。
歴史的事実を見れば、日本において金利はどうでもよく、重要なのは為替という認識が広がるのも当然である。
金融政策のサイクル
日本のように金利が動かない国は世界的には珍しい。前掲、図1でも分かるように、この間のFedのFFレート誘導目標は最高が6.5%、最低が0%と、6.5%のレンジが存在する。ECBの預金ファシリティ金利は同様に最高4%、最低は-0.5%と、レンジは4.5%だ。そしてどちらも、利上げ、利下げのサイクルを3~4回繰り返している。
金融政策の効果を考える場合、少なくとも2%、3%というレンジで考えなければ実体経済に有意な影響が出ないと考えるのが諸外国の経験だ。0.1%から0.25%に金利を上げるか否か、どうなのかという議論にはほとんど意味がない。そんな微細な金利の変化で実体経済は動かないからだ。先々の利上げがどこまで進むかという観点で示唆があれば相応に市場が反応することはあり得るが、0.15%の1回の金利の変更そのものは、はっきり言ってどうでもいい。
実際に計算した方が実感しやすいかもしれない。1億円を3%の複利で10年運用すると1億3439万円となり、累積の増加率は34%だ。これが5%なら1億6289万円、63%になる。ドル円レートの変化率に及ばないが、それでも無視はできない数字だろう。しかし、日本のように最高でもで0.5%という金利水準では、10年かけても1億513万円である。この程度の金利操作が経済に及ぼす影響、経済主体の行動を変化させる効果は、ほぼない。
インフレーションと金利
米欧と比べて日本の金利が低位で動かなかったのは、インフレ率が(少なくとも統計データで見る限り)低かったからだ。要因はともかく、物価が上がらないのであれば政策的に金利を引き上げる必要はなく、金融引き締め、緩和といったサイクルは訪れない。常に金融環境は緩和的に維持され、従って実体経済に金利の変化が影響しない。
約30年間、日本では金利が上がらない、経済活動を考えるうえで金利を考慮する必要がないという状況が続いた。金利がどこまで上がればどのように実体経済に影響するか、日本にはデータがない。0.5%の金利の変化で実体経済が大きく反応するとは考えにくく、過去のデータから普通に推計すれば、金利で実体経済が動くかどうかは不明だという結論しか出てこないだろう。日本人の経験としては、これは正しい。だからこそ、2%、3%と金利を動かした場合にどれだけ効果があるのかないのか、事前に予想するための材料が存在しない。
金融政策は効くのか効かないのか
日本では金融政策の効果について議論が盛んだったように筆者は感じている。長くインフレ率が低位で推移する中、大規模な金融緩和が日本経済を大きく改善させるかのような幻想が広がったこともあった。しかし、少なくとも0.1%、0.5%といったコンマ数パーセントの金利の変化で経済は動かない。ゼロ金利制約とはそういうことであり、この点を事実として証明したのが異次元の金融緩和だったのではないかと考えている。
異次元緩和の効果について、ある意味では強引な手法で結論を引き出したレポートが日銀からいくつか公表されているが、元々が無理筋である。真に受けると金融引き締めの効果も過大に推計してしまう可能性があり、そのことは植田総裁もおそらく理解している。
目下の課題は、ゼロ金利下の金融緩和が効くのか否かではなく、米欧並みのインフレ率が実現している日本経済にとって適切な金利水準はどこなのかという論点に移ってきた。
冒頭の「主な意見」の記述に付け足すべき一文があるとすれば、「従って、現在の金融環境で、金利を多少引き上げることに過度に慎重になる必要はないと考えられる」ではないか。