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『金融調節の理論と実務?④』マイナス金利の意味

過去記事①~③に続いて、金融調節の仕組みについて考えてみたい。
https://note.com/catapassed/n/n69602b2b4d99
https://note.com/catapassed/n/n2aa75469c306
https://note.com/catapassed/n/n1891c024b106

金利をマイナスにする?

過去記事③では、付利のない状況で量的緩和政策を実行すると、金利がゼロになる点を論じた。基本的には金利の下限はゼロであり、ここまで金利を引き下げると金利操作の余地は消滅する。

図表1

しかし、実際には日銀やECB等、いくつかの中央銀行は、リーマンショック後の大規模な景気後退期に、政策金利をマイナスに設定した。ゼロ金利でもダメ、量的緩和でもダメとなり、それではマイナス金利ではどうか、という試みだった。

準備預金需要がゼロ金利で無限に発散するのは、準備預金を保有する際の金利がゼロ%であり、従って、準備預金を保有するコストがゼロになるからだ。無限にゼロ金利で準備預金が保有されるため、市場では取引のインセンティブがなく、このままではマイナス金利は成立しない。

市場金利をマイナスにするためには、準備預金需要曲線をマイナスの領域に引き下げなければならない。その手段が、中央銀行が準備預金の保有にマイナスの金利を適用するということだ。金利がマイナスといわれると直観的に不可解だが、これは実態として準備預金の保有に手数料をかけるのと同義である。考えようによっては課税と言ってもよい。準備預金保有に手数料がかかるため、手数料分だけ準備預金需要は低下し、準備預金需要曲線は下方にシフトする。

図表2
(注)曲線の傾きや曲率も変化すると考えられるが、作図の都合上単純な下方シフトと描画した。

このとき、何らかの理由で、課せられる手数料(マイナス金利)よりも安い手数料で資金を受け入れる金融機関等が存在すれば、貸し出す方が利益になる。マイナス金利の適用条件を工夫することで、市場参加者には取引インセンティブが生じ、短期市場金利はマイナスになる。

図表3

マイナス金利の市場取引は、制度要因、規制要因等による、手数料の押し付け合いであると理解した方が分かりやすい。

マイナス金利の効果

もともとゼロ金利であった準備預金に対して、手数料をかけるのがマイナス金利政策の意味である。こうした措置が銀行間市場の取引金利をマイナスに誘導できたとして、それでは銀行間市場の外側への波及効果はどうだろうか。

民間の銀行が貸出や預金の金利をマイナスにできる訳ではない。信用創造を拡張させる効果は非常に限定的か、場合によっては逆効果となることも考えられる。銀行にとって、準備預金のマイナス金利適用は実質的な手数料負担である。経営上、手数料負担を貸出利ザヤで回収する必要が高まれば、預金、貸出のスプレッドを拡大させることもあり得るからだ。

そもそも、紙幣や硬貨といった現物の貨幣を保有する場合の金利は基本的にゼロである。この点を無視して金利をマイナスに誘導するのは無理がある。厳密には、現金通貨を大量に保有すると保管コストが大きくなるため、多少のマイナスであれば成立する。とはいえ、マイナス金利の程度が大きくなれば徐々に現金通貨へのシフトが進んでいくことが考えられる。

現在では政策金利を大幅なマイナスに設定することは困難であるか、出来たとしてもあまり効果はないという理解が一般的だと言っていいだろう。ゼロ金利制約(Zero Lower Bound)あるいは、政策金利の下限制約(Effective Lower Bound)だ。

「魔法のような特別な金融政策」

植田総裁は、2024年7月の記者会見で、「日本経済に下振れのショックが生じた場合にどうするのか?」という質問に対し、以下のように返答している。
https://www.boj.or.jp/about/press/kaiken_2024/kk240801a.pdf

  • 経済・物価見通しがはっきりと下振れ方向に行ったときの政策対応ですけれども、当然、そのときどういう水準に短期金利があるか分からないですけれども、まず考えることは、短期金利を下げることが適当かどうかということだと思います。それでもどうしても足りないっていう場合には、非伝統的な金融政策手段を再び利用するということも排除するものではありません。

しかし、本音で言えば、植田総裁はマイナス金利政策に強力な金融緩和効果があるとは考えていないだろう。就任に先立つ2023年2月、国会での参考人招致ではこのように発言している。
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/002021120230224008.htm

  • もし私が総裁に任命されたといたしますと、私に課せられる使命は、「何か魔法のような特別な金融緩和政策を考えて実行するということではない」のかなというふうに思っております。

  • 先ほど来申し上げましたような、基調的なインフレ率動向を見ますと、よい芽は出ているものの、まだ二%に安定して達するまでにはちょっと時間がかかるという状況でございます。そうしますと、今後を展望しますと、それがもう少し上がってきて二%に近づいてくるということになるかもしれません。その場合には、適切なタイミングで金融緩和を、現在実行している金融緩和の手法を正常化していくという判断が求められます。

  • これに対して、インフレ率の基調の動きが芳しくないというケースも当然考えられると思います。そういう場合には、副作用等の無理が少ない形を考えて、緩和の継続を図るということになるかと思います。こうした判断を経済の動きに応じて誤らずにやるということが、私に課せられる最大の使命ではないかなというふうに考えてございます。

それでも、今後もし日本経済の低迷が顕著になるようなことがあれば、日銀への風当たりが不条理に強まることは考えられる。「効果がないからやらない」は許されないのが日銀の歴史だ。

再びマイナス金利政策が採用されるような環境が訪れないことを望むところである。

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