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『金融調節の理論と実務⑥』準備預金付利にかかわる論点

中央銀行の金融調節について、過去記事①~⑤で論じてきた。

過去記事①
https://note.com/catapassed/n/n69602b2b4d99
過去記事②
https://note.com/catapassed/n/n2aa75469c306
過去記事③
https://note.com/catapassed/n/n1891c024b106
過去記事④
https://note.com/catapassed/n/ncacf9a270b25
過去記事⑤
https://note.com/catapassed/n/n2e6bbfe8512c

過去記事⑤では、非伝統的金融政策の出口にあたり、準備預金への利息の付与(付利)が広く採用されていることを論じた。今回は、この手法の利点、問題点等を補足したい。

付利引き上げの利点

付利の引き上げが採用される最大の理由は、中央銀行の保有資産を短期間で大量に売却することによるマーケットインパクトの回避だ。日銀の場合も、長期金利が急上昇するリスクに対して極めて慎重であり、保有国債の売却はおそらく念頭にない。付利の引き上げであれば、中央銀行の資産サイドに係る論点を切り離し、負債サイドだけを考えて政策金利をコントロールできる。

付利引き上げの問題点

一方、付利を引き上げることの問題点として最もよく指摘されるのは、中央銀行の財務の健全性だろう。例えば、500兆円の日銀当座預金に0.25%の付利を適用すれば、年間1兆2500億円の利息が発生する。これは日銀の年間損益に反映されるため、場合によっては日銀が赤字決算となる可能性、さらに利払いが大きく、長く継続すれば債務超過になることも考えられる。中央銀行の財務の問題について、日銀のレポートでは以下のように整理されている。
https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2023/ron231212a.htm

  • 管理通貨制度のもとで、通貨の信認は、中央銀行の保有資産や財務の健全性によって直接的に担保されるものではなく、適切な金融政策運営により「物価の安定」を図ることを通じて確保される。そうした前提のもとで、中央銀行は、やや長い目でみれば、通常、収益が確保できる仕組みとなっているほか、自身で支払決済手段を提供することができる。したがって、一時的に赤字または債務超過となっても、政策運営能力に支障を生じない。ただし、いくら赤字や債務超過になっても問題ないということではない。中央銀行の財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じる場合、そのことが信認の低下につながるリスクがある。このため、財務の健全性を確保することは重要である。

筆者の考えも基本的にこの通りだ。当該レポートでも指摘されているように、実際に、2024年10月時点でFedを含むいくつかの中央銀行が実質債務超過となっているが、経済、物価への影響は見られない。日銀についても、少なくとも当面、その財務状況が政策運営や実体経済に影響する可能性は低いだろう。

代替手段

以上を踏まえた上で、付利の引上げ以外の政策手段は本当に無いのだろうか。考えられるのは、①資金吸収オペの多用(日銀の場合は手形売出と国債売現先)、②準備率操作、だ。

①資金吸収オペの多用

中央銀行の保有資産売却以外にも、準備預金を削減する手段はある。日銀の場合、資金吸収オペレーションとして、手形売出や国債売現先がある。しかし、現時点ではどちらも調節実務上の課題がある。

手形売出オペは、日銀が自己で発行する手形を金融機関に売却するものだ。手形を売却することで、その売却資金相当の準備預金を日銀が吸い上げる形になる。この手形だが、紙の現物を発行するという古い制度のまま変更されていない。今時、紙の手形の受け渡しを好んでやりたがる金融機関は存在しないだろう。日銀もおそらくやりたくない筈だ。手形市場も既に存在しない。実際、2009年1月を最後に手形売出オペは一度も実行されていない。

国債売現先オペは、日銀が保有する国債について、予め買い戻す条件を決めて売却するものだ。一定期間、国債と資金を交換することで準備預金を吸収する、所謂リバースレポ・オペレーションである。このオペレーションの問題点は、日銀が保有する国債のうち、どの年限のどの銘柄をどれだけ売り出すかがレポ市場、更には債券市場の需給に影響する可能性だ。レポ市場の規模は非常に大きく、実施金額が限定的であれば利便性の高いオペと言える。しかし、日銀当座預金が500兆円以上存在することを考えると、準備預金削減の主たる手段として扱うのは非現実的だ。

そもそも、日銀の資金吸収オペは「日銀による資金の借り入れ」であり、利息が発生する。準備預金を削減し、市場金利を引き上げることがオペの目的であるなら、政策金利に近い水準の利息を支払う必要があるだろう。資金吸収オペでは、中央銀行の財務への影響という課題の解決にはならない。

②準備率操作

過去記事②で指摘したように、超過準備が存在しない環境での準備預金需要曲線は所要準備によって決まっている。所要準備は日銀が準備率を変更することで引き上げることができる。準備率の引き上げは、準備預金需要曲線を右にシフトさせる効果を持つ(図表1)。

図表1

確かにこの方法で銀行間の市場金利を引き上げることは出来る。しかしこの時、銀行に対して収益を生まない準備預金の大量保有を強制していることには留意しなければならない。準備預金制度については、

  • 日本銀行は、第一項の規定により準備率又は基準日等を設定し、又は変更しようとするときは、指定金融機関の前条の規定による預け金の保有に伴う負担を考慮しなければならない。(準備預金制度に関する法律 第四条三項)

とされており、準備率の大幅な引き上げは、法的理念に反する。

「預け金の保有に伴う負担」を考慮すべき根拠は、この負担が必然的に預金者に転嫁されざるを得ないからである。銀行の立場から見れば、資産サイドに500兆円ものゼロ金利の準備預金が存在する状況で、負債サイドの預金の金利を引き上げることは難しい。

通常は政策金利が引き上げられれば一定程度預金金利も引き上げられる。これは銀行間市場金利の上昇が預金獲得のインセンティブとなるためだ。しかし、準備率の引き上げではこのインセンティブが働かない。おそらく預金金利と貸出金利のスプレッドが拡大することになるだろう。場合によっては、預金離れの動きが広がる可能性もゼロとは言えない。金融引締め政策としては波及効果の不確実性が高く、金融システムへの悪影響も懸念される。

目立たない課題

以上のような点を踏まえると、当面の間、日銀は政策金利の引き上げ、あるいは引き下げといった政策変更を、付利を通じて実施していくと考えられる。

そうした中、もう一つの課題をあげるならば、中央銀行の資産サイドの正常化が遅れるリスクをどう考えるかだろう。付利の引上げによる調節であれば、中央銀行の資産と負債を切り離して出口政策を考えることができる。従って、日銀の大量の国債買入が継続していても、目に見える問題は生じにくい。これはメリットではあるものの、債券市場での金利形成を歪める状況が終わらないというデメリットと表裏一体だ。

中央銀行の資産サイドも含めた、広い意味での出口政策については、着実で可能な限り早期の進捗が望まれる。

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