『金融調節の理論と実務?①』日銀が準備預金に利息を付ける意味
政策金利と付利の引き上げ
日本銀行が2024年7月31日の金融政策決定会合で利上げを実施し、政策金利は0.25%となった。これにあわせて、日銀当座預金(以下、日銀当預)の金利水準も0.25%に引き上げられた。日銀当預に利息を付ける制度は、正式には「補完当座預金制度」であり、この適用利率(以下、付利)が引き上げられたということだ。なぜこの制度が必要なのか、改めて確認しておこうと思う。
所要準備と超過準備
議論の最初に、まず、付利が存在しない環境の金融調節を考えてみよう。2008年10月まで日本に付利は存在しなかった。
日本には「準備預金制度に関する法律」が存在し、銀行は一定水準の日銀当預を資産として保有することが義務付けられている。https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/seisaku/b33.htm
制度上保有が求められる日銀当預額を「所要準備」と呼び、所要準備を超える日銀当預が存在する場合には、超える部分を「超過準備」と呼ぶ。現在の付利はこの超過準備部分にのみ適用される。
付利が導入される前、昔の日銀は、この所要準備にほぼ等しい額の日銀当預残高を維持する金融調節を行っており、従って超過準備はほぼゼロだった。このような状況では、銀行は自行の保有する日銀当預を適切に維持しなければ、所要準備を確保出来ず、簡単に言えば法律違反になってしまう。日銀当預が不足する場合には高い金利を払ってでも資金を調達する必要がある。逆に、所要準備よりも多い日銀当預を保有している場合、これは収益を生まない無駄な資産であり、収益機会を逸していることになる。
市場全体で考えれば、日銀当預残高の総合計が所要準備の総合計とほぼ同額に調節されている限り、誰かが不足している時には誰かが余っている。不足する銀行と余っている銀行の間で、資金取引が行われることで、その取引金利として短期市場金利が形成される。資金取引が円滑に行われれば、市場全体では超過準備はほぼ発生しない。
超過準備が存在しない環境での短期金利のコントロール
このような環境にある場合、日銀はどのようにして短期金利をコントロールするのか。手法としてはシンプルだ。例えば政策金利を1%とする場合、「短期市場金利(現在であればTONA)が1%程度で推移するように金融市場調節を行う」と宣言すればよい。基本はこれだけである。
宣言を受けた市場の反応を考えてみよう。もし1%より明らかに低い金利で市場取引が成立していたら、日銀は資金吸収オペを行い、日銀当預を減少させる。それでも市場金利が低いままであれば、どんどん資金吸収オペが実行され、日銀当預は減少していく。日銀当預全体の額が所要準備に対して不足すれば必ずどこかの銀行が所要準備を確保できない事態が生じる。資金が不足する銀行は金利を引き上げて資金調達せざるを得ない。調節方針に逆らい、低すぎる金利水準の取引が継続すれば、日銀は日銀当預を削減し続け、誰かが所要準備を確保できなくなる。
逆に、もし1%より明らかに高い金利で市場取引が成立していたらどうだろう。日銀は資金供給オペを行い、日銀当預を増加させる。日銀当預全体の額が所要準備に対して余剰であれば必ずどこかの銀行に余分な日銀当預が発生する。保有する必要のない無駄な日銀当預が存在すれば、金利を引き下げてでも資金を運用しようとする。調節方針に逆らい、高すぎる金利水準の取引が継続すれば、日銀は日銀当預を拡大しつづける。高い金利を払って資金を調達する金融機関は無駄な資金調達コストを支払うことになる。
「TONAが1%程度で推移するように金融市場調節を行う」という調節方針が示された時点で、市場参加者は前述のような金融調節を予見するため、1%よりも明らかに低い金利、高い金利で市場取引を行うインセンティブは基本的に生じなくなる。もし市場参加者がこれを予見せず、調節方針から離れた金利が形成される場合には、実際に資金の吸収、供給というオペレーションを実施し、資金不足、資金余剰という環境を作り出す。その結果、市場参加者は、調節方針に概ね合致する金利水準で取引するよう、誘導されることになる。
市場も日銀も万能ではなく、一時的に市場金利が不安定な動きをする可能性はある。しかし、市場参加者のインセンティブと金融調節の関係ははっきりしており、基本的に短期金利は誘導目標近辺に収束する。
以上が、「付利が無くても短期金利が調節できる世界」だ。日銀当預残高が所要準備額にほぼ等しい場合、このような調節が可能となる。
量的緩和で何が起きるか
しかし、量的緩和が始まると調節のスキームが全く異なる形になる。量的緩和とは所要準備を無視して日銀当預を大きく拡大させ、超過準備を増やし続けることだ。こうなると、市場参加者には、所要準備対比で資金が不足か余剰かという観点で資金取引を行うインセンティブが生じない。誰もが余剰になるからだ。
この状況で、引き続き付利が存在しない場合、銀行は何の利益も生まない日銀当預を超過準備として必ず保有することになる。少しでも金利が得られる運用対象が存在すれば運用希望が殺到するため、最終的に短期金利はゼロ%に張り付く。
第一次量的緩和下の短期市場金利
実際に、2001年3月から2006年3月、付利が存在しない中での量的金融緩和政策が実施された。筆者が「第一次量的緩和」と呼んでいる時期だ。この時期のTONAを確認すると、限りなくゼロ%に張り付いている。超過準備が恒常的に発生する場合、付利が無ければ短期金利はゼロで動かない。
付利の導入と効果
一方、付利の効果を確認する上では、2008年の付利導入以後の状況を見れば分かりやすい。日銀当預が増え、超過準備が発生しても短期金利は当時の付利(0.1%)から大きく離れることなく推移している。日銀当預に資金を置くことで利息が得られるため、多くの金融機関にとっては0.1%以下であれば資金調達のインセンティブが生じる。一方、付利対象外の一部の金融機関は、市場で余剰資金を運用するインセンティブが生じる。このロジックは現在でも変わっていない。超過準備が大量に存在する状況で短期市場金利をゼロより高く設定する為には付利が必要なのである。
関連する様々な論点
厳密には、付利を設定せずに金利を引き上げる手段が全くない訳ではない。また、このような金融調節の手法については関連する論点が数多く存在する。長くなるため、別の機会に譲りたい。
なお、日本で付利が導入された経緯については服部孝洋氏のこちらのnoteに分かりやすくまとめられており、参照されることをお勧めする。
https://note.com/hattori0819/n/nd3167bec3385
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?