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『大きなクエスチョンマーク?』植田総裁は決め打ちをしない
日銀の利上げは織り込まれているか
2024年12月、日本銀行の次の政策変更に注目が集まっている。12月3日時点のOISのプライシングから推計すると、12月の金融政策決定会合での利上げは6割程度、来年1月までの利上げでは8割程度の織り込みだった。2024年9月頃のプライシングでは、年内利上げ3割程度、2025年の7月までで1回あるかないかという織り込み度合いであり、市場の見方は相応に変化してきた。
この背景には、2024年10月会合以降の植田総裁の情報発信がある。2024年11月18日の講演、記者会見で、植田総裁は以下のように発言している。
先行きの金融政策運営については、本日ご説明差し上げたような経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて、引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになると考えています。
今後、経済や物価の改善に併せて、金融緩和の度合いを少しずつ調整していくことは、息の長い成長を支え、「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現していくことに資すると考えています。
息の長い成長と申し上げたのは、足元金融緩和度合いが、例えば実質金利等でみて、かなり強いということとの関係で申し上げたわけですけれども、適宜その度合い、金融緩和度合いを私どもの見通しに応じて調整していかなかった場合には、場合によってはですけれども、どこかでインフレ率が急に加速するとかいうことが発生して、急速な金利の引き上げを迫られるという可能性もゼロではないわけです。
利上げを遅らせることのリスクにも言及しつつ、オントラックであれば段階的に利上げをしていく方針を表明している。ただし、同じ講演、記者会見で、
米国をはじめとする海外経済の展開や金融資本市場の動向を含め展望レポートで指摘したような様々なリスク要因を十分注視する必要があります。
毎回そこまで、例えば 12 月会合でしたら、10 月会合から追加で得られたデータ、情報をベースに、見通しを修正しまして、必要があればですが、それからリスクに対する評価も修正しまして、それでその時点で適切な判断をする。
とも発言しており、次の利上げがいつなのかという点は慎重に明言を避けている。方針自体は明確であるものの、個別の会合でどう判断するかについては言質を与えない。
丁寧なコミュニケーション?
それでも、方針を示す、繰り返し発信するという姿勢は、日銀、あるいは植田総裁なりの「丁寧なコミュニケーション」ということであろう。特に、2024年7月に実施した利上げについては、市場参加者からサプライズとの評価を受け、海外市場の変調も影響して批判が集まった。日銀としては、政策決定の自由度を確保したい筈であり、利上げをしても、しなくても、それが市場に大きな影響を与えない環境を維持することが望ましい。
その点、次回会合での利上げの織り込み度合いが6割程度という状況は居心地が良かったのかもしれない。11月30日の日本経済新聞のインタビューでも、植田総裁は基本的に同様な態度を示した(引用はロイター)。
日本経済新聞電子版が30日報じた植田和男日銀総裁のインタビューによると、総裁は追加利上げの時期について「データがオントラックに推移しているという意味では近づいている」との認識を示した。ただ、米国の経済政策の先行きがどうなるかに関し「大きなクエスチョンマークがある。当面、どういうものが出てくるか確認したい」と続けた。
結局、いつ利上げをするのかは分からない。おそらく実際のところ、12月会合でどのような判断を下すか、まだ総裁も他のボードメンバーも決めていない。その意味で、「判断を下す時期に近づいてはいるがクエスチョンマークもある」という表現は正直であり、致し方のない面はあるだろう。
このままいくのかいかないのか
ただ、「オントラックなら利上げを進める」と繰り返していることから考えれば、論点は「今後のデータ、市場環境が想定より悪化するのか否か」であろう。国内について言えば、毎月勤労統計調査、企業物価指数、そして短観などがある。また「大きなクエスチョン」と総裁が語る米国経済については雇用統計やCPIがある他、FOMCでの判断、SEPも考慮する必要があるだろう。これらが全体として下振れを示唆するようであれば、12月の利上げには慎重にならざるを得ない。一方、想定通り、悪くないという評価ができるのであれば利上げを遅らせる必要性は乏しくなるのではないか。
もう一点、市場動向、特に為替の方向については評価が難しい。仮に1ドル150円前後で推移している場合、これが12月の利上げをどの程度織り込んでの価格形成なのかによって、会合後の市場の反応も変わる。
為替市場が12月利上げを相当程度織り込んでいるならば、利上げを見送った場合に一時的に急激な円安に振れるリスクがある。逆に、利上げをしても円高に振れない、あるいは会合後の総裁記者会見のニュアンス次第で更に円安に向かってしまう可能性さえある。
利上げが織り込まれていないならば、利上げは素直に円高圧力となる可能性がある。一方、利上げ見送りなら予想通りと受け止められ、市場の反応は乏しいはずだ。
為替市場参加者とOISや債券市場等の参加者とでは政策見通しに乖離があるとの意見も見られ、為替の反応は予想しづらい。
とはいえ、「オントラックなら利上げ」という基本方針が堅持される限り、各会合での市場の反応は一時的である筈だ。金融政策の目標はあくまで物価、実体経済という前提に立てば、金融政策運営は、より長期的な視点から判断されるべきだろう。
そして報道合戦へ
そうした中、12月4日に時事通信、一部海外メディアから年内利上げが見送られるのではないかという観測が報道された。どちらも担当記者の取材に基づいた内容であり、政策当局者の発言を直接的に引用したものとは質的に異なる。とはいえ、特に海外の市場参加者は英語のニュースヘッドラインに反応しやすい。実際、OISは相応に反応しており、年内利上げの織り込みは4割以下まで下げた他、為替も円安に振れている。
これまでも金融政策決定会合に向けた観測報道が市場を動かすことは多々あった。実際に市場が反応してしまう以上、参加者は無視することができない。たとえどんなに情報が間違っていても、その正否よりも実際の値動きの方が重要だ。
より本質的な問題として、利上げが12月なのか次回1月なのかは、実体経済にとってさして重要ではない。仮にどこかのタイミングで政策金利が0.50%になったとすれば、その次、あるいは更にその次があるのか否か、あるとすれば何時なのかに論点は移っていく。
日銀にとって難しいコミュニケーションが続く。