『金融調節の理論と実務?②』中央銀行は何を操作するのか
こちらの過去記事①で、日本銀行の金融調節について簡単に記した。
https://note.com/catapassed/n/n69602b2b4d99
この説明は、入門レベルのマクロ経済学でよく見られるものとやや異なっている。今回はこの点を一部補足したい。
金融調節のスキームは超過準備が存在する制度と存在しない制度で異なる。まず、本稿では、超過準備が存在しない状況を前提に議論する。
教科書的な(?)金融調節の解説とは
私は「経済学の教科書」といった表現があまり好きではなく、教科書ではこうだ、というような断定的な記述はしない。
中央銀行の金融調節の仕組みについて、おそらく一般的だろうと筆者がイメージする解説は、概ね以下のようなものだ。
銀行間の資金決済のため、また、準備預金制度の存在のため、銀行は日銀当座預金(以下、準備預金)を保有する必要がある。銀行の準備預金に対する需要は金利の関数であり、横軸に準備預金残高、縦軸に金利を考えると、右下がりの準備預金需要曲線が描ける。
右下がりとなる理由は、金利が準備預金を保有するコストと考えられるためだ。金利が高い時ほど高コストとなるために需要は小さく、金利が低い時ほど低コストとなるために需要は大きくなる。このような右下がりの準備預金需要曲線を前提に、中央銀行は準備預金の供給量を決定する。準備預金供給は中央銀行の裁量で決定できるため、垂直に描ける。
金利は、準備預金供給曲線と準備預金需要曲線の交点で決まる。中央銀行は、準備預金量を増減することで、金利を操作する。
過去記事①での筆者説明は「中央銀行が政策金利の水準を宣言するだけで金利は決まる」だった。前述の説明とは大きく異なっているように見えるが、何故このような違いが生じるか。関係を整理するには、筆者の言う「中央銀行は政策金利の水準を宣言するだけで金利は決まる」の続きを考える必要がある。
準備預金需要曲線に辿り着くまでの長い道のり
「中央銀行はまず政策金利を決定する」という場合、決定された金利水準に応じて他の様々な市場の金利や価格が変化する。例えば政策金利を引き下げた場合、貸出金利、預金金利、国債等の債券の利回りも低下すると考えられる。貸出金利の低下は貸出を増加させ、いわゆる信用創造のプロセスを通じて預金残高を増加させる。政策金利の引き下げが預金を増加させるということだ(この点については信用創造の理解が必要だが、紙幅を鑑みて割愛する)。
金融政策では「世の中に出回るお金の量」といった概念がしばしば登場する。「お金の量」を正確に定義し、捕捉することは極めて難しいが、一応、日銀がマネーストック統計という形で集計、公表している。
https://www.boj.or.jp/statistics/money/ms/ms2407.pdf
マネーストックの定義は、大まかには現金通貨と預金通貨の合計であり、一般に用いられるのは「M3」だ。2024年6月のデータでは、M3の合計1609兆円のうち、現金通貨は113兆円だ。全体の1割に満たない。また、現金通貨は変化率も相対的に低い。こうしたことから、マネーストックは基本的には概ね預金だと考えて差し支えない。金融緩和が「世の中に出回るお金の量」を増加させるのは、金利の低下が信用創造(貸出等)を拡大させることで預金が増加し、これがマネーストックの増加を意味するからである。
ここで準備預金制度について改めて確認すると、所要準備は預金に対する一定比率として決まる。
https://www.boj.or.jp/about/education/oshiete/seisaku/b33.htm
中央銀行の利下げは、預金通貨を増加させ、従って所要準備が増加する。
政策金利の低下
貸出の増加=預金の増加
所要準備の増加=準備預金需要増加
逆に利上げは所要準備を減少させる。
政策金利の上昇
貸出の減少=預金の減少
所要準備の減少=準備預金需要減少
以上のように政策金利と準備預金需要との関係を整理すると、図表1で描かれる準備預金需要曲線と同様、右下がりとなる。結果的に描かれる曲線の形状は、本稿最初に解説したものと基本的に違いがない。
金利が先か量が先か?は静学分析では問題にならない
ここでは、超過準備が存在しない制度を前提としており、中央銀行は所要準備額に等しい準備預金を常に供給する。所要準備が先に決まっていると考えるならば、準備預金の供給額の決定は受動的であり、本稿の最初に論じた「中央銀行は準備預金の供給量をコントロールすることで金利を決定する」という説明は現実に合わないように思われる。
しかし、他の条件を所与とすれば、所要準備は政策金利によって決まっていると考えられる。中央銀行は、金利を決めることで巡り巡って所要準備を決定しているということだ。超過準備が存在しないという前提に立つ限り、中央銀行が準備預金需要を決定することは、その供給を決定することと同義である。
確かに、政策金利の決定が実体経済の信用創造プロセスを通じてマネーストックを変化させ、その結果が準備預金需要に影響するという動学的な過程を想定する方がより実務的な実感には整合的だ。しかし、静学分析では時間の概念を捨象するため、金利の決定と準備預金量の決定は「同時」であり、どちらが先かを議論することには意味がない。
合理的な単純化と重要な前提
実務に整合的となるよう、「金利が先に決まり、その結果、貸出、預金残高が増減し、所要準備が増減して準備預金の水準が後付けで決まる」という仕組みを理解するには、準備預金制度や信用創造のプロセス、短期金融市場の参加者の取引動機といった、複数の段階を一つ一つ理解する必要がある。要は分かりにくいのである。
対して、「とりあえず準備預金需要曲線は右下がりであり、それに対して中央銀行が準備預金の供給と市場金利を決定する」という理解は非常にシンプルだ。そして、少なくとも、超過準備が存在しない前提であれば、この理解で不都合は生じない。実際のところこうした整理について「分かっているが指摘する意味がないからしない」という人は、様々な立場に存在するのではないか。
ただし、この議論が「超過準備が存在しないケース」を想定している点には留意が必要だ。この認識が抜け落ちると、場合によっては大きな勘違いをする可能性もある。「超過準備が存在するケース」については、別の機会に論じたい。
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