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『金融調節の理論と実務?③』ゼロ金利と量的緩和

過去記事①、②に続き、金融調節の仕組みについて考えてみたい。

過去記事①
https://note.com/catapassed/n/n69602b2b4d99

過去記事②
https://note.com/catapassed/n/n2aa75469c306

普通の金融調節?

過去記事②では超過準備が存在しない状況での金融調節を考えた。従来、少なくとも1980年代までは、超過準備が存在しないのが当たり前であり、それ以外を考える必要は基本的に無かった。しかし現在ではむしろ超過準備が存在する中での金融調節が普通になりつつあるかもしれない。

まず、何故そうした変化が起きたのかである。きっかけは、政策金利をゼロ%まで下げても景気が良くならない、物価が上がらないという状況が生じたためだ。まず2001年に日銀が、そして2008年のリーマンショック後には米欧等、多くの中央銀行が何らかの量的金融緩和政策を実施してきた。

政策金利をゼロ%まで引き下げた状況で、どのような金融調節が成立するか(あるいはしないか)。

過去記事①で指摘したように、

  • 所要準備を上回る準備預金が供給され、常に超過準備が存在する

  • 準備預金への付利がない

場合、市場金利はゼロ%になる。この状況についてもう少し考えてみよう。

ゼロ金利と量的緩和

準備預金需要曲線はどのように描けるだろうか。簡易的な説明に依拠すれば、金利は準備預金を保有するコストと考えられるため、準備預金需要曲線は右下がりだ。ここで、金利がゼロになるということは、準備預金を保有するコストがゼロであることを意味する。従って、金利がゼロになると準備預金需要は無限になる。図表1のように、準備預金需要曲線がゼロ%付近で水平になるということだ。

図表1

この状況で、中央銀行が準備預金の供給を決定する。準備預金をどれだけ増やしても金利はゼロで不変である。中央銀行が準備預金供給をどこに設定しても準備預金残高が変化するだけでそれ以外に変化は生じない。

図表2

準備預金需要と金利操作の関係

過去記事②で説明したように、超過準備が存在しない前提では、準備預金需要曲線を厳密に導出する上で、やや複雑な説明が必要だった。金利の変化が信用創造に影響し、これがマネーストックを増減させて所要準備が変化し、準備預金需要が決まるというものだ。

しかし、金利がゼロになれば、それ以上の信用創造の拡張効果は生じない。金利が変わらないのだから経済主体が行動を変化させる理由がない。貸出が増えることも、預金が増えることも、所要準備が増えることもない。

その上で準備預金需要について考えると、やはり準備預金需要は無限になる。ゼロ金利下では超過準備を保有するコストが生じないため、準備預金需要曲線はゼロ付近で水平になる。

結論として、政策金利をゼロ%まで引き下げた場合、そこから更に準備預金残高を増やすという意味での量的緩和には何の効果も期待できない。

例外は、金融システム不安、危機時だ。何らかの理由で、市場参加者が過度にリスク回避的になっており、市場での資金取引が適切に行われない状況であれば、所要準備を超える準備預金を供給し、金融機関の資金繰りを安定させる必要がある。信用秩序の維持という観点で、危機対応としての一時的な流動性供給は中央銀行の重要な役割だ。

量的緩和の初期の誤解

2001年、日銀は世界に先駆けて量的緩和政策を実施した。当時の政策金利はほぼゼロ%であり、政策金利をさらに引き下げるという金融緩和は難しい状況だった。そうした中で「金利がゼロ%で動かなくとも、準備預金供給を増やせば物価は上がる筈だ」という意見が一部に存在した。しかし、この考えは準備預金とマネーストックの関係を正確に理解していない。

超過準備が存在せず、準備預金が所要準備に等しい場合、準備預金額はマネーストックの大半を占める「預金」の一定割合として決まる。裏返せば、「預金」は準備預金の一定倍になっている筈であり、従って準備預金を増やせばマネーストックも増加するという予想が成立し得る。マネーストックの増加は「世の中に出回るお金の量」の増加を意味し、量が増えれば価格が下がるという発想から貨幣価値が下がる、即ち物価が上がると考えることになる。途中のロジックをどこまで理解しているかはともかく、金利操作という金融調節が可能な限りでは、そうした予想には一定の合理性がある。

しかしこれはあくまで「超過準備が存在しない状況では、準備預金は所要準備に等しい」という前提に立ったものだ。金利がゼロになれば、超過準備を保有するコストはゼロになる。準備預金量の増加は超過準備を増やすだけであり、そこから先には何の影響も与えない。何も起きないのである。

ところが一部の人はこの点を理解せず、とにかく準備預金を増やせばマネーストックは増えるはずだと主張した。一度誤解に憑りつかれた人間の確証バイアスは恐ろしく、こうした論説が出始めてから30年近くが経過した現在でも未だに憑りつかれたままの人が、どうやらいるらしい。

確認しておくが、第一次量的緩和政策を導入した時の日銀は、この政策に効果がないことを、おそらく理解していた。当時の日銀の立場上、景気の低迷に対して何もしないということは難しく、建前だけでも取り繕う必要があった。効果がないだろうと分かっていてもやらざるを得なかったのである。

様々な非伝統的金融政策

今世紀に入り、特にリーマン・ショック以降、量的緩和やマイナス金利といった様々な非伝統的金融政策が各国で採用された。また別の機会に補足したいと思う。

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